やっぱり集中力がないです




気配の正体について


身体が熱を蓄えたままで、余計にしんどい。電気代を気にしながらそれでも我慢すると具合が悪くなるので、しばらくエアコンをつけています。


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感覚としての気配(Wikipedia)

「視覚の外に誰か(何か)がいる」という感覚は誰しもが経験するが、頭頂葉または側頭葉にある「脅威や安全に関わる相手をとらえる感覚」の活性化によって発生すると考える研究者もいる。慣れない状況での独り歩きなどの不安な精神状態、薬物による意識の変容、統合失調症ではこの感覚が誘発されやすくなる。また、片頭痛やパーキンソン病などの脳神経の障害によって身体性のイメージが損なわれ、幻覚として気配が生じる場合がある。
気配は警戒の念を生じさせるが、気配に慣れた登山家などには孤独を癒す存在として感じられる場合もある。また、ウィリアム・ジェイムズによれば、超越的な何かを感じる気付きを与える場合もあるという。

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片頭痛の一環で幻覚の気配って気付いたことないなあ…。

気配はわりと皮膚感覚に近いようにも思えます。たとえば隣で寝ていた家族とか、そういう記憶のままの蘇るから、目に見えなくても「誰」っていうのがわかるんですよね。家族なのか全然他人なのかもなぜかわかります。

特に家族の死後、あまり間が空かないうちは結構頻繁に感じます。もともとうちの母は「お母さんは存在感がある人だから」と言われてたくらいなので、存在感のような気配があっても不思議ではありません。もう寝てないです (^_^;)
あちこち挨拶しているのかもしれません (^_^;)

父の気配もやはり死の直後は頻繁に感じていましたが、いまはもうほとんどありませんね。双方が慣れたんじゃないかなあ。



弔問客


母の弔問の時にきてくれたお向かいの娘さんTちゃん(私は赤ちゃんの時から知ってる、既婚で二児の母)が天井を見上げて「あれ?あれってまだ貼ってある」「そうなんよ。高くて手が届かんからはがせへん」父の介護の名残ですね。
「そういやあのとき生まれたRちゃんていくつになった?」「もう10歳」…その時もすでに介護に入って何年目だから、かなり長いこと介護をしてますねえ… (*-д-)-з 足掛け12〜3年くらいはやってるね。これだけ間が開くと、なんとなく社会に戻りづらくなりますが、年齢的にも難しくなります。

もう若くないし、障害者だし…。正直前途多難かもしれないです (*-д-)-з



テキストとかによる性格診断


昨日見つけた診断をやってみました。主にTwitterの記事をもとにその人の性格を診断しようというもの。

Personality Insights


私はブログの文章でもやってみたけど、少しは違っても全然違い過ぎることはありませんでした。まあ、ブログだとテーマごとに変化がありますしね。


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で、私のTwitterの記事の文章はこういうことになるらしい。
うーん…、なんとなく当たっている気がする。

○投資関連書籍を読む
○スポーツ・ジムの会員である

これは生涯自由にしかやりたくないですね〜 (^_^;) 興味ないし。
はい、知的好奇心はしっかりあると思います。



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一段落の少しだけ手前ですね



昨日は予定通りに病院の支払いと、特養の荷物の処分の相談に行ってまいりました。

もうすでにもとの部屋には新しい入居者さんが入っておられて、そうだなあ、たくさんの人がお待ちだよね、と思いました。だからすべての荷物は階段の踊り場に置いてあったのですね。

結構な量がありましたが、自分の絵と壁に貼ってあった写真と、ラジカセと加湿器だけを選んであとは産業廃棄物として、業者の方に引き取ってもらうことになりました。有料ですが。

その日にちが決まったら、直接お金を払わないといけないらしいので、そのためにもう一度行くことになりますね。仕方がないですが。今日だけではすまなかったわ〜 (*-д-)-з

でもこうしてみると、母も本当に「形見」として価値があるような貴金属とか、そういうものはひとつも持っていなかったなあ、と思います。そういうものには私よりは興味がったと思うんですが…。長く借りていたシルバーの指輪は従姉に返しましたし。

あとはラブレターだけだよね。まあ、どういういきさつがあって、私が生まれてここにいるのか?という証明のようなものですから、貴金属よりも価値がありますが…。

ほんとにあの世に持って行ける物質的なものなんてなにもありませんね。だから余計にそういうものに対して淡白になりそうな気がします。どうかするとこのごろの私、着るものとかそういうのもどうでもいい気持ちになっています。


タクシーがなかなか来なくて、40分くらい待たされたので、もういいや、という気持ちになって、加湿器を持ち帰るのもやめました。他のものと一緒に処分してもらいます。

なんか、すごい断捨離しているみたいな不思議な気分。不思議なくらいに執着がないんですよね…。




このあいだのちょっと異様な多幸感みたいなものはちょっと落ち着きました。自分でもどうなってるの?とは思っていたけど、いつでも反動が怖いんですよね。どういう理由でああなたのかはわかりませんが、オキシトシンが多量に分泌されている気はしました。

もしかしたら、母が「死ぬ時はこういう感じだったんだよ」と伝えてくれた可能性もなきにしもあらずですが…。寝息はもう聴こえません。でも気配は普通にあるし…。ああいう気分で死ねたらものすごく幸せだと思いました (^_^;)




今週は用事で外出のためにまったくご飯が作れなかったので、今日からまた頑張ります (^_^;)

今日もまだ短めですみません。まだ疲労感がどーっとあってね… (ーー;)



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胸のタイマー点滅してそう…(^_^;)



さすがに限界が近いようです。



エネルギーが残り少ないので、今日は現実の方のほぼ最後に近い

仕事を片付けようと思います。

病院の支払いと、特養の荷物の処分と。

荷物は持ち帰っても仕方がないので、ラジカセと加湿器くらいかな。

それ以外は産業廃棄物になるらしいので、特養と相談ですね。



人間、本当に死ぬときは何も持っていけないわ。

レジンキャストのドールとか眼鏡すらダメなんだよね。



紙書籍はOKなので、私が死んだらクロッキーブックと

スケッチブックと色鉛筆くらいは入れてもらいたいかも…(^_^;)



本は誰かに読まれて初めて意義があるので、分けてもらってもらうなり、

まとめて寄贈してもらうなり、かなあ…。



魂が持って帰れるのはこの世で学んだことと愛し愛された記憶だけとか

言うからなあ…。

まあ、そうすると自ずと人生で大切なものは見えてしまいますけどね(^_^;)

私が関心が薄いことは大切じゃないらしいです。



でも私、これでも非常時対応で相当頑張ったと思います。

余力を少し残して今日は短くてすみません。





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子供は親を選んで生まれてくる、という話に…


さすがに疲れてきたので、前に書いていた記事の下書きでお茶を濁します。
実はこれ、母が亡くなった日の翌朝に予約投稿するつもりでした。

でもさすがにちょっとなあ、と思って取り下げたんですね。



両方の説があるけど…

「子供は両親を選んで生まれてくる」という説があります。
あちこちでよく見かける考え方です。検索してみたらちゃんと本がありました。私は読んでいませんが、妊娠中や妊娠前のお母さんが読むと、気持ちが安らかになりそうな内容だな、と思いました。

子どもは親を選んで生まれてくる


これに対して、この説は非常に我々を傷つけるから信じられない、と主張されている方々がいらっしゃいます。主に幼少時に実の親からひどく虐待を受けたりして、その時の心の傷が大人になってもまったく癒されていない人たちです。

当然だと思います。無力な子供の頃に頼るべき親から虐待されて育った人が、自分でそういう環境を選んできたなんてとても信じられないと思います。長いあいだの苦しみがあるから当然のことだと思います。


胎内記憶の生みの親が新たに提唱する「エビデンスより、物語に基づく診断・治療」がいかに危険か



好きな方を信じたらええやん


こういうことは正解はあえてなくてもいいと思います。信じる、信じないはその人の自由でいいと思います。気持ちが楽になるほうを信じておけばいいので、あえて自分の主張と違うことをでたらめだと攻撃する必要もありません。そのへんは曖昧でいいと思うのに、妙に自分が信じることを他の人に押し付けたい人がいるから困りますね (^_^;)

精神疾患がらみで、いろんな人の生い立ちの話を聞いていると、親との関係は切り離しがたく出てきますね。

親といい関係だった人は「親を選んできた」というのもしっくり受け入れることが可能ですが、どちらかというとこちらのパターンが少なくて、「親を選んだわけではない」と感じている人がなんと多いことか…。さすがに7〜8割が機能不全家族だと言われるだけあるなあ… (ーー;)



けれども本当に絵に描いたような家庭と家族に恵まれて育ってきた人も少なからずいらっしゃいます。特にスポーツなどの分野で、優れた成績を残すような人たちは、おしなべて、ご家族が非常に協力的にその才能を伸ばす手助けをされていますし、家族一丸となっての影での強力ってやっぱりあるんだなあ、と思っていました。その結果として、記録に残るような成績が導かれるのかもしれません。

目立つからついスポーツに眼が行きますが、もっと違うジャンルでもそういうことはあると思っています。昔はハングリー精神とか言ってた気がしますが、いまの時代はそうじゃないんですよね。


それでも苦労はそれぞれにあると思うな。そこいらは神様も公平で… (^_^;) 普通の人とは違う苦労があったりするでしょう。

私は親に否定されたことがないので、正直言うと、虐待された子供の気持ちはわからないかもしれないんですが、だからといって楽な人生では決してないと思っています。

どちらかといえば親を選んで生まれてきたほうに入ると思いますが、でも本音だと生まれてきたくなかった気がするなあ…。しんどいもん。生まれてすぐに泣かなかったあたり、喜んでいなかった可能性もありますね (^_^;) まあ、でも生まれたからにはそれなりに受け止めて生きてますが… (^_^;)







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でも母亡き今、改めて読み返すと私個人は「選んできた派」だなあ、と。
そう信じることで救われる気はします (^_^;)




今はまだ気を張り詰めているけれども、いつかは来る反動で、虚しさに支配されるとちょっと怖いなあ、という心配をしている。まだその時じゃないのに…。虐待死してしまった子が自分の子供で、ちゃんと育てられる経済力と体力があればいいのに、とふと思ってしまった。


自分でも謎の心理ですが、素直に生命が愛おしいと感じている。世界中の子供達にそうあれたらいいのになあ、とか、現実では全然無理なのにね…。動物を飼うのも無理なのに…。 


亡き父が母に向かって「博愛衆に及ぼすやなあ…」と言っていたのを思い出す。まあ、ささやかな規模ですが、母はそういう人でした。




五感ともうひとつくらい働いている感じ




ブログのお役目

書けないかも、と言いながら結構まめに書いてますね、私 (^_^;)

やはりブログは頭の整理をするためと、気持ちの安定に有効なんだわ、とつくづく思います。父の死の前後にもほとんど記録のような長い文章を書いた覚えがあります。あれも同じ心境だったのかもしれません。おかげでいまだに記憶鮮明です (^_^;)

相変わらず家の中にいると母の気配は濃厚なんですが、それを感じつつ、外ではきわめて事務的に(でもミスは多い)手続関係を進めています。両方の感覚が乖離せずに両立して存在するのが面白いところです。きっとレイヤー的にまだ隣同士くらいにあるんだろうな…。時間が経つにつれて、その間に違うレイヤーが何枚も出来てきて、やがて距離ができることに慣れていくのも人の不思議というか、興味深いところでもありますね (^_^;)


ぼちぼちと現実対応中

昨日は郵便局に行ったのと、買物に行ったのと、一昨日忘れた事項のために再度役所にも行きました。横になるとすぐに眠りそうでした (^_^;)

水道代金の振替口座の用紙を派手に書き間違えていて再度送ってもらう依頼をしたりして。ご近所のおばちゃんは「私もああいうのを全部終わらせるのにひと月くらいかかったわ。なんべんも間違えてなあ…」と言われてるんで、最初から間違える想定で予備の用紙を入れて置いて欲しいなあ、と思います。

たぶん、これで役所とかの関係の用事は一段落のはず、と思ったら、葬儀社の請求書が届いたので、防犯のため(ホントは面倒だから)集金に来ていただくことにしました。マッサージの日だけど、それまでに済む予定。

病院からも「計算ができました」と電話があったので、これも出来たら今週中に行きたいですね。預かり金があるからあんまり急がせられないですが…。

その後は特養に電話して、計算ができていたらお支払して、部屋を片付けてこないと…。タンスとか家に持ち帰って置くところがないから可能なら引き取って使ってもらうか、駄目なら処分するしかないかなあ、と思います。全然高給じゃないプラのタンスだし。

服も普段着として持って行って、一度も袖を通してないのとかあるんですが、私はサイズが合わないし、このへんのおばちゃんたちは多分趣味が合わないし、それも処分してしまうしかないかなあ、と思います。
結局持ち帰れるのは自分の絵とフレーム、ラジカセと加湿器だけだよね…。

なんだか、両親の臨終に立ち会うとモノが欲しくなくなりますね。どうせ死ぬ時はなんにも持って行けませんし、結構虚しいからなあ…。それでも生きている間は励みになるものは必要なんですよね。本とかドールとか。



お金関係は混乱しています (ーー;)


あと、困るのが、私はお金関係のあれこれがとても苦手だということです。
自分の身の丈に合った範囲のやり繰りならなんとかなるけど、例えば資金運用とか投資とかがまったく理解出来ないのです。まず頭に入らない。右から左に抜けてしまう感じ。理由はわかりませんが、苦手としか言いようがないです。

ブログでお金儲け、というのも試してはみたけど、ホントにつまらなくて全部やめました。

私はお金の裏側に「人の顔」が見えないと理解出来ないのかもしれないです。どうもいまの世の中、それを必要としている人たちの顔が見えないのをいいことに、ベストな配分がされているとはいいがたく…。そういうこともあって、余計に理解出来ないのかもしれません。

単に計算だけの問題ではないんですよね。どうかすると正確な金額すら数えられなくなったりするし…。特にADHDでもないと思うんですが… (ーー;) 生きていないお金って魅力がないですね。



おかげさまで、葬儀の前からの緊急対応はまだ続いています。一気に抜けて反動が来たら怖い。でも一仕事一段落すると「やれやれ」と思うのが心情なんですよね…。


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両親の一部は私の中でいまでも生きている



「かさねの色目」缶バッジ


母が急変する前から手がけていたグッズです。

缶バッジ、Minneの方にアップして来ました。


pixivのBoothにも出そうかとも考えていますが、あそこはあんまり反応ないので…。素材集の方が反応はありそうだ。デザインのアレンジでもっと違うものも作りたいと思ってはいます。お金はかけられませんが…。

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MacBookProのOSを初期状態にして、さらに再度Yosemiteまでアップするようにしないと不便で仕様がないけど、やるべきことをちゃんと済ましてからでないと無理ですね。

今日は郵便局に行く予定です。



昨日の成果


昨日は、朝一番にクリニックに行って、弟だけ先に帰らせて、役所に寄って用事を済ませて、1階から3階まで全部回りました。必要な書類を全部取得して2,000円近い金額をお支払いして。新しい国保を発行してもらいました。

で、お昼を食べながら、水道局とガス会社に名義変更をお願いして(これは電話でできます)、振替口座を変更をお願いして、これは用紙が郵送されてくるので、届いたら記入して返送になります。

あとは午後から年金事務所にも行って来ました。未払い分の請求もしましたが、それが振り込まれるのに4、5ヶ月かかるらしい。思わず弟に「お金あんまり使わずに残しといて!」と言ってしまいました(^_^;)


看護師さんと主治医の先生もやはり葬儀前後の弟の行動はアルコールと無関係ではないだろうと診ておられます。「授産施設に行くとか言わんでも、酒とタバコをやめればそれ以上のゆとりができる」とその場で計算していただきましたが、さて、納得してやめてくれるだろうか??今は魚の世話をしていますが、全部何もかも続けるのは無理なので、この機会に考えてくれるといいと願っています。

「酒とタバコは何も残らん」ですよねー。タバコなんかおおかた税金ですしね。さらに喫煙者に肩身がせまい世の中ですし…。



やがて一部は私の中に還って行く



母の訃報は看護師さんから届いていました。

「父の時もそうでしたが、私が静かに作業していると、時々寝息が聞こえます」「まあ、そういうこともあるやろうな」というのがプロの対応と言うべきか…(^_^;)

元気な頃の母が「先生、長生きしてこの人たちをお願いします」と頼んでいたので、なんかそう言う成り行きになりそうな気がします。

「84歳、まだ若いな」そうですか? 父は享年79歳でした。二人とも決して身体が丈夫な方ではなかったので、そこまで生きてくれたら充分だと思います。私もその辺りが限界かもしれません。

存在は天にも地にも、それこそ風にも還るけど、そのうちの一部は確かに私の中に生き続けています (^_^)



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備えあれば憂い無し、とでもいうのかなあ…心の準備



ぼちぼちですね

今日はクリニックの受診&血液検査で、帰りに役所に寄って来る予定なので、これも予約投稿です。

週末に出来たことというと、auの名義変更のための書類送付をお願いしたくらいです。まだあとガスと水道がありますが、それは今日明日に。J:COM関係で電気やネットとIP電話は私の名義で契約しておいてよかったです (^_^;)




死の姿が理解されない時代


死にまつわる話題ばかりですみません。
でもこういうことは元気なうちに考えておいた方がいざというときに心の準備が出来ているものですし…。

災害も結構遭遇しますけど、人間はほぼ100%近い確率で家族や身近な人たちの死に遭遇することが普通ですから…。

昨日、こういうつぶやきが流れて来ていました。実はしばらく前にも似たようなつぶやきを見た覚えがあります。90代の親が肺炎になっていて、もう最期が近いのに、なんとしてでも延命してくれ、と頼む60代、70代の子供たち…。


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私の父は自宅で亡くなりましたが、ナースのケアマネさんが「肺に水が溜まると溺れているのと同様なので、苦しいです」とか「尿が出なくなったらだいたい何時間後くらいです」とか経験上の最期を教えてくださったので、「あとどれくらい」という予想が出来ました。

父の場合は一度あちらに行きかけて、脈拍も30くらいに落ちたのに、私がほっぺたくっつけていたせいでか、一度戻ってきてしまいました。それから24時間ずっと目を開けていました。今度目を閉じたらおしまいだと自分でもわかっていたようです。それでも目を閉じる時間は来ましたが、「パパ、頭はクリア?」と聞いて「うん」と言った会話は忘れられません。



子供のころから…


私は結構家族の臨終に立ち合っているんですよね。
祖父は自宅で(いま私が寝起きしている部屋で)亡くなりましたし、祖母も病院でしたが、駆けつけて臨終に間に合いましたし。

以前の話ですが、遠い親戚のおばさんが、人工呼吸器で2年以上永らえて、家族の方がすっかり疲弊してしまったという話を聞いています。意識が戻らないままでしたし、酷な最期だったのかもしれません。


母は間に合っていませんが、もうあれだけ穏やかな最期ならなにも文句はありません。

両親ともに胃ろうのお世話になりましたが、それでもちゃんと平穏死というか、かなり自然に近い感じの死を迎えられたと思っています。

ずっと見ていたら本当にわかるんですよね。残り時間と自然の変化が…。父の最期に似ていた母の変化も…。たまたま、なんの占いかわかりませんが、(やっぱり算命学か四柱推命のような気がしますが)私も弟にも変かというか、別れの暗示が出ていたので、もしかすると、と思ったら、こういうことって皮肉にもはずれないんだなあ…。

ずっとそばにいるとなんとなくわかってくるんですよね。そういうことが出来なくなって、かえって患者さんに苦痛を与えるはめになっている、とこのツイートの方がおっしゃっていますが。

子供のころから身近な人や家族の「死」を見せるのは大事だと思います。
姪が4歳の長男にひいばあちゃんの死に顔を見せていましたが、ああいうことね。

姪も子供のころはあの世と近い距離にいたなあ…。いろいろ見えるタイプでしたが、それはまた別の機会に… (^_^;)




意思確認しておかないと家族はすごく困る

大層なエンディングノートは必要ないと思うんですが、終末期になったらどうして欲しい、という意思を伝えておくのは本当に大事だと思いました。私も心臓マッサージも呼吸器も不要です。…と、ここに書いておいて有効かどうかわかりませんが… (^_^;)

結局、後悔しない生き方の先に「悔いのない最期と穏やかな死」が続いているのだということはよくわかります。

穏やかな最期を迎えるためにみなさま、悔いのない生涯を送られますように… (^_^;) (宗教じゃないですよ)

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この「天」についてはやっぱりよくわかりません。きっと解釈も多々あるのでしょうね。


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感じるままに書いてみる



父似から母似へ…

昨日はご近所の方々がお参りに来てくださって、そういうこともあろうかと用意したお供養の品が役立ちました。従兄が朝からお香典を届けてくれたりしまして、甥と姪が身延まんじゅう50個も供えてくれたので、結構生もので、来てくださった方々にお分けしてお持ち帰りしていただきました。

栄昇堂

それでも残るな。私も二つ食べたんですけど…。まあ、少しなら冷凍にして、食べる前に30秒、レンジで解凍が出来るので、そうしておこうかな、と思います。

みなさんが母の遺影を見て私に「そっくり」と言って帰られます。まあ、最期の時のように35キロとかになっていない、ふっくらした顔で、父の写真とつり合うような年齢を選んだから60代くらいかなあ…。歳が近いから余計に似てるのか (^_^;) 前は父に似ていると言われてたんですが、やはり性別のせいか、いまは弟が父に似てると言われます。

いまは髪の毛が豊かな甥っ子も「いずれ禿げるぞ」と脅かされていました。「太った」というので「Yちゃん、まだレスキューやってるんやろ?だったら筋肉と違うの?」毎日鍛えてて太るかなあ?? レスキュー隊が暇な世の中だとありがたいけど…そこまで聞くのは忘れました (^_^;)

つくづく遺伝は不思議ですが…。



まだ時々いるみたいだ


家の中はまだ母の気配が濃厚です。そうだろうな、と思いますが。時々寝息のような音も聴こえたりするし…。3年も家にいなかったんだから、気が済むまでゆっくりしたらええやん、と言っています。この寝息はね、亡骸が家にあった時は聞こえなかったんですけど、いまはいる感じです。父の時も似たようなことがありました。

日にちが経つにつれて、徐々に気配は薄くなっていきます。で、何年も経つと家の中では感じなくなるんですよね。でもどこかでは繋がってるのがわかります。

いろんな方に「寂しいでしょうけど…」と言っていただくんですが、そういうのがあるから実はあんまり重大な喪失感がないんですよね。距離的に遠くなったような気がしない。ただレイヤーが重なっているけど、非表示なだけで…。

この感覚は10代の時にはすでに自分のものとして存在していました。当時は「レイヤー」というたとえではなかったですが、近い感じはそのままでした。だからものすごく嘆き悲しむというような感じはずっとありませんでした。なんというか、自分にはわかっていたから…。

哀しみのあまりに立ち直れないとか、そういうのもないです。ただ、亡くなってから「もっとこうすればよかった」という類いの後悔はしたくないから、生きているあいだに出来るだけのことはしてきたつもりです。さすがにご近所さんはそういうのもよくご存知でした。



微妙な確率


お骨上げる時にのど仏の部分(第二頚椎と聞いた気がします)が「こういう綺麗な形で残っているのは100人中お一人くらいですよ」とのことで、その確率で「あ、双極性障害や統合失調症の割合と同じだ」と冷静に思った私…。うーん…。めでたいのかめでたくないのか微妙?…かな? (^_^;)

お骨を細かくするのに「手で直接でもいいですか?」と直接割ったり…。高温で焼かれていると骨も柔らかいですね。父の時は口に入れたくなる衝動を我慢したのですが、今回も考えはしたけど、もう抜け殻だしな、とやはり我慢。

家に帰るとやはり写真に向かって話しています。


新婚旅行で夜行列車(当時)で伊豆に着いた時、その前の夜と、夜行列車の中で眠れなかったそうで、母はおかしくなった、と自分で言ってました。どうおかしくなったのかはわかりませんが、その時父は「こいつは自分が一生面倒みてやらないと駄目だ」と思ったそうで。

母もやはり双極性障害の感じはあったと思うけど、父は決意どおりに最期まで母を見守りましたので、精神疾患のある方は父みたいな人をパートナーに探しましょう〜 (^_^;)

我が家ではそういう病気のことや、生と死についても基本的にオープンな家庭でした。だから私も比較的早くからそういう心積もりが出来ていて、それゆえに早く冷静になれるところがあるのかもしれません。



みなさまによろしく


そういえば、私の画集も母に持っていってもらいました。こちらにいる時に見せようとしたら、片手が拘縮のため重くて持てなかったので…。(ごめんね、重くて)あちらで父と二人で見てくれているといいな、と思います。一応私は母の自慢の娘らしいです… (^_^;) 

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こういうことをすると「聖★おにいさん」のブッダのお炊き上げ原稿を思いだします (^_^;) (マニアックかな?いや、結構ファンが多い作品だと思うし…)天界の方々、失礼ながらああいうものでよろしければ見てやってください (^_^;) 

とうとう天にまで託してしまったわ… (^_^;) あとで気付いただけですが…。いや、もし天からのご依頼とかあるのなら、頑張るつもりもそれなりにあったりして… (^_^;)



明日はクリニックの受診です。帰りに区役所にも寄る予定。必要なものが揃えば他の用事も片付けていけますしね (^_^;)

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葬儀は悲喜こもごもな人生のイベント



やれやれ…

おかげさまで、母の葬儀も無事に終わりました。昨日も書いた気がしますが、みなさま、どうもありがとうございました (^_^)

細かく言えば、アクシデントは多々あったんですが、でもいまの状況の中では充分に上出来ではないかと思っております。

山梨県在住の孫たちも家族で来てくれましたし、うちは父方の親戚がいないので、母方の親戚となるとどうしてもそれだけ人数が少ないのですが、こじんまり家族葬ならあんなものでいいのではないかと…。

特養でサンプル的に作ったエンディングノートの内容そのままには出来ませんでしたが、おおまかな本人の希望はかなえてあげることが出来たのではないかと思います。うちみたいに財産がない家だと取り立ててエンディングノートとか終活とか必要ないな、と思いました。日頃よく話す機会があれば、意思確認は結構出来ますね。

だからどこまで本人の希望を優先するか決めることが出来ます。

母の場合は「好きな音楽流して欲しい」というのがそれかな…。従姉とばたばた特養に取りに行ったのに、肝心の少年隊のCDの中身をラジカセの中に忘れてきて、痛恨のきわみでしたが、少年隊は駄目ならSMAPで!「オレンジ」とか意外にしっくりきました。

お経の荘厳感がいい時もありますが、わかりやすい歌詞の歌もいいなあ、と改めて思い、「DEPARTURE」を聞いてもいいなあ、と思ったり… (^_^;)




ブログで書いたような内容の…


それで葬儀社のスタッフの人と打ち合わせの時には喪主の挨拶をしないと言ってたんですが、なりゆきぶっつけ本番ですることになってしまい、原稿なしでそれでもすんなり言葉が出てくる自分にちょっとびっくり。

これがかつては引っ込み思案だった少女(そのころはね)だとは自分でも信じられないくらいです。
人は変わりますね。まあ、これは多分に「強くなろう」と願った結果と年の功のようにも思えますが… (^_^;) 主張が必要な時にはちゃんとする。あんまり怖いものがなくなった結果のような気がしなくもありませんが。

そ、そうだ、母が元気な時に言っていたセリフ。
「あんたはパパの最期の時に『生んでくれてありがとう』と言った、私もあれ、言うて欲しい」という望みですが。これもしっかりかなえてきました。

私って悪いこととかマイナスな記憶とかはわりとすぐに忘れるところがあって、それゆえにポジティブになれる面があるように感じます。

でも、これが弟の場合はそうではないのですね。



弟の行動が読めなくなるとき


今回、やはり振り回されたのは弟のことでした。

一昨日、3時になって、葬儀社の人たちがお迎えに来られて、私も4時には納棺の儀に行かないといけない。タクシーも来たのに、一向に弟が降りてこない。「なにしてんの〜?」と声をかけると「一人で服が着られへんから行けへん」と言います。「ネクタイなんかいらんから!」

それでもまだ…。「もうええわ!あとからおいで」と言って私だけ先に会場へ。親戚が来てわいわいやってると弟から電話。「タクシー会社の番号がわからん」と言うので、教えてそれから2時間近く…。まだ来ない。うちから10分もかからない場所ですよ。呼び出すとコール音は鳴ってるけど誰も出ない??

そうしたら突然警察から電話が…。「お宅の弟さんですか?タクシーで6,000円分以上乗られたのに、1,000円しか持っていないと言われるんで、運転手さんがこちらに連れて来られました」と…。おい、またか?

そこで私と警察の方と運転手さんが相談して、こちらが葬儀の関係だということで、運転手さんが送ってくださって、その運賃も含めて私がお払いすることに…。外に出てみると二人の警官がバイクで駆けつけてこられて…、地元の交番のお巡りさんでした (^_^;)

みなさん、弟に悪気がないのはご存知ですから、穏やかにすむのですが、運転手さんにおわびをして、7,000円あまりを支払いました。

「どこ行ってたん?」というと一度はここ(会館)に来たけど、誰もいないから斎場のほうへ行ったらあちらも誰もいない。そのうち家がわからなくなった…と。ここには大きな看板に→と「二階です」という案内が書いてあるのに。斎場の方は友引で休み、と言ったのに「あんた私の話、なにも聞いてないな?」「スマホも落した」

実は警察からの連絡は訪問看護ステーションにも行ってたんです。看護師さんから電話があったので、昨日の夕方に様子を見にきてもらうことになりました。

私らが騒いでたらお仕事中の納棺師さんが聞いてらして「冷蔵庫の中身、引き上げましょうか?」と言ってくださったので、ノンアルビールとジュース以外は片付けていただきました。

私は心配だたったので、帰宅する従姉に家の鍵を預けて戸締まりを見てきて欲しいと頼みました。昨日、鍵を返してくれたんですが「鍵どころか玄関の戸が全開で、近所の人が案じてくれてたよ」と。ご近所さんは弟が二階にいるかと思ってらしたそうですが、誰もいなかったんです。ごめんね。ありがとうございます。



正気なのか複雑性癲癇なのか?


それで昨日です。時間になって、出棺準備をしようと言う時になってもじーっと椅子に座ったまま動かない。反応がおかしい。これはもしかして、複雑性癲癇?と困って看護師さんにSOS。誰か連れて帰れるなら帰るけど、どうしたらいいかわからへん、と焦る従姉たち。ごめん、ひごろ見ないとわからんよね。

看護師さんは「歩けて、話せるなら大丈夫です。一緒に連れて行ってください。それができなくなったら救急車呼んでください」と…。私は喪主だから、自分で動けなくてもどかしい限りでした。

やがて徐々に醒めてきた感じだったんですけど、斎場からの帰り際にまた行方不明。みんなで必死で探したら、全然知らない人の車に乗ってたと、進行係のお姉さんが見つけてくださいました。

はあ…。すげー大変… (*-д-)-з



私が知らない事情があるようだ


で、帰宅後看護師さんが来てくださいまして、私ともしばらく話して、経緯を聞いてから本人と会ってくださったんですが、「自分のやっていることがわかってるから大丈夫です」と。

私には話しませんが、看護師さんには以前から、母のことではいろいろ言ってたらしいです。詳しくはわからないけど、恨んでるとか。普通、ある程度の年齢になったら、徐々にそういうのもましになるんですが、弟はいつまでもなにかに捕われているようです。

看護師さんには話す。「うろたえている状態」なんだそうです。母の死がいまいち上手く受け止められていないのか…。それは特養にいるあいだ。一度も面会にもいかなかったし、自分で動こうとしなかったから解決しないのかもしれないけど…。私はそういうのはそもそもこだわらなし、自分から動いて人を結んでいく方が性に合ってるし、弟の気持ちはよくわかりません。

私には最高の親がそう思えない親だというのはどこにどういう問題があるのやら?


私はまだまだ動かないといけませんし、ほっとくのもいまいち案じられるんですが、看護師さんが「なるべくおとなしく休んでおくように」と言い聞かせて今日もまたちょこっと様子見にきてくださるそうです。

あ、ちなみにスマホは帰宅直後に固定電話の横で発見しました (ーー;)



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あんなところでブログが役に立つとは… (^_^;)



母の葬儀を終えて先ほど帰宅しました。

なんとか無事に喪主の役目を果たすことが出来ました。



みなさま、どうもありがとうございました (^_^;)



日頃ブログに書いているようなことは頭の中に残っていて、

案外すらすら出てくるものですね。ぶっつけ本番で挨拶までしていましまた。





詳細などはまたのちほどに失礼致します。昨夜もあんまり寝てなくて

(滑りがよすぎる座布団と畳で、並べて寝ようというのは無理でした)

またのちほどに失礼致します (^_^;)



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I appreciate you and I love you



今日は午後4時から納棺になります。

その頃には甥と姪も来てくれるかな、と思います。



足掛け…13年かな?両親の介護を終えて、多くの方が
「これからは自分の人生を歩いてください」とねぎらってくださって
とてもありがたいです。


でもふと思った。いままでの13年、私は自分の人生を
歩んでいなかったか?…と。  



否。介護というものを通じて私は実に多くの学びを得たし、
換え難い多くのご縁にも恵まれた。



それはもしかすると小学校〜高校卒業までの学びより有意義であったかも
しれないと感じています。その証拠に父の死の時もそうでしたが、
いまも後悔はひとつもありません。



私は私を尽くせたと思っています。

だから完全燃焼したように、すがすがしい満足感と静かで深い幸福感に
満たされているのですね。



辛いことはいっぱいあったけど、私は私の課題の「介護」を全う出来て
よかったと思います。そしてそれはまぎれもなく私の人生そのものです。



人としてこれだけ大きなものを与えてくれた両親に心から感謝しています。

日本人だからちょっと言いづらいけど…愛してるよ! (^_^) 



そしていつも私の介護を助けてくださった多くの方々、
静かに寄り添ってくださった方々、やはり愛しています。



…なんかね、いまご縁のあった方々すべてに「愛してます」という気持ちなんですよ。
そうかあ…全うするってこういうことなんだ…。

きっと自分の人生を全うするというのもそうなんだろうな。



少なくともいまは私の中には愛がいっぱいです。

よろしければ受け取ってくださいね (^_^) 



どうかみなさん、幸せでいてください。私の感謝と願いです (^_^)




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時を越える縁の不思議など



忙しいはずなのになにを書いてるんや?と思いつつ…。

雨ですし、さきほど葬儀屋さんがドライアイスを追加して
遺影に使う写真を持っていかれました。

やはり拡大するから、証明書写真くらいのサイズは必要だそうです。

伯父がいいカメラで撮ったと思える法事の時の写真を
父の写真と似あう感じに加工をお願いしました。



自分でやろうとしたこともあるんですが、上手くいかなかった。

あれはPhotoshopのせいじゃなくて、スキャナとかのせいじゃないかな。



それで今は母に持たせるものを捜しています。


金属は駄目だから、入れ歯も駄目だとか。
そうするとなにがいいのかわからないんですよね。



うちの両親って物欲ないんですよね。

最晩年は二人とも「欲しいものある?」と聞いてもなにも
言いませんでしたし…。



捜したら、私と弟の臍の緒が出てきました。まあ、昔から
言われてるし、これは入れとくか?

閻魔様(だろうか?)現代なら何人子供生んだか?なんて
セクハラものですわよ (ーー;)



父の手紙が出てきて、1978年のアメリカからのものでした。

その中に「お世話になった現地の商社の方のお子さんが絵が好きだから
恭子の絵の中になにかいいのがあれば…」とか書いてある。


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そうか、私の画集とかでもいいのかな?

あとは手縫いの不細工なぬいぐるみとかでもいいかな?
「手縫い」に価値を見いだしてくれるならね… (^_^;)



なぜか当時の愛児手帳、なんてものが出てきました。

私が生まれた時のもので、珍しかったからか二人でいろいろ書いています。

私の名前は慣例によって、姓名判断ののち名付けられたものですが。

「恭子という名は恋愛結婚のものが好みそうな名だと言われた」と
あります。そうなんだ… (^_^;)


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親との縁が長いとも言われたらしいですが、これでめでたく
完遂しました次第です (^_^) 生まれた時にわかっていたらしいのが
東洋の神秘?四柱推命か算命学か?と想像したりして…。



そういえば「私が死んだら、パパとやりとりしたラブレター、
読んでもええし」と言ってたけど、それはもっと人生が辛く感じた
時用に大事に残しておきますね (^_^;)



時を越えた遺言みたいなものかもね。

さすがに恋愛結婚の夫婦はロマンチックな形見を残してくれます (^_^)


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