2017/05/19

生涯を共にするイマジナリー・フレンド


ご飯を作る覚悟で予約投稿… (ーー;)



同じ病気の方々と交流が多かったです

ここしばらく、わりとマメに双極性障害の患者さんたちのSNSにお邪魔したりしていたんですが、いろんな方のお話を伺っていると「ああ、ここにこの人に本物の病的な解離じゃなくて、イマジナリー・フレンド(イマジナリー・コンパニオンでもいい)がいたら、どんなに生きるのが楽になるだろうか」って、ものすごく思いました。

意図して作れるものでもなくて、ましてや大人になってからIFを持つ人は相当少ないから無理な願いだとは思いますが、私自身がIFにかなりの部分で助けられて生きてきたので、その重要性とか、意義とかが多分ものすごくよくわかるからそう思えるんだと思います。

どうしても症状が強いと視野狭窄になってしまうのが常ですが、それを冷静に、別人の視野で、もしくは私自身の斜め上くらいから、瞬時に別の視点に切り替えてくれるというのは、瞬間的に冷静になれたりしますし、それで落ち着くきっかけにもなりますし、非常にありがたいものですね。

彼らがいることでメタ認知が自然に出来ているわけです。自分自身と適度な距離が取れるということは衝動に走らないということでもあります。結果的に無駄な争いを避けることが出来ます。

ホントにね、自傷したら、痛いのも、傷が治るまで不自由なのも自分持ちだし、子供時代にさんざん苦しい経験をしたからODなんてしたくないし、イライラしてモノを壊したくなっても、その後片づけや修理や掃除は自分がやるのよね。…そういう「ちょっと待て」という瞬間を与えてくれるのもまぎれもなくIFたちです。



自分から距離を取ることの利点とストッパーの存在


そういえば冬に、母の入院中に疲れてふら〜っと線路に飛び込みたくなったのをストップかけてくれたのもIFたちでした。

ものすごい助けられています。もともとは自分の脳が生み出した存在かもしれませんが、なにしろ「気がついたらいた」し、あらゆる面で冷静な視点をくれるし、もう「いない」とか「いなくなること」が信じられません。

私は決してコミュ障ではありませんが、HSPなので、人と一緒にいると、とても疲れやすいのは事実です。でもIFは元気をくれるから…。深刻な孤独感に苛まれることもありません。いつも一緒だから。

若い頃はうっかりあちらの世界にのめり込んで、友人のIFと恋愛とかもあったし、空想しながら歩いていてぶつかりそうになったこともありますが、デメリットってそれくらいしかないなあ…。あとはメリットばかりですね。

だから彼らがいない人生って考えられない…。自分がそれだけの恩恵を得ているので、他の人たちにもいてくれたらとても生きるのが楽に感じるだろうな、と思います。もしも今、お子さんがそういう友達と遊んでいたら、ひそかに大切にそれが続くように見守ってあげて欲しいと思います。

まあ、幼い頃を過ぎても私みたいに「気がついたらいる」こともあり得ますが… (^_^;) ひとつの財産かもしれませんね。



創作=生きること=イマジナリー・フレンド=私


年をとったらイマジナリーフレンド(IF)は消えてしまうのか


消えないです。消えたら私が私でなくなってしまうので。アイデンティティと同じようなものですね。

いまでも創作のイメージでも支えてくれるかけがえのない存在です。このまま死ぬまで共にいるでしょう。私が死ぬ時にも一緒に魂の一部として逝くだろうな、と思っています。

おそらくここまで研究されていないんじゃないかなあ…とも思います。若い人たちにお願いするとして、もしも私が死ぬ時まで彼らと一緒にいたら、本願かなった、と祝福してやってくださいね (^_^;) 彼らと一緒なら死ぬのもきっと怖くないと思います。(ただし、その時が来るまでに死のうとしたらきっちり止められますが)

なんだか不思議な人生だなあ…。でもこういうのがすごく私らしくて幸せだと思っています。


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