2017/03/03

困った時は話かけて 気づけばサポートは得られるから


帯状疱疹の後遺症的神経痛だとか


昨日、とても久しぶりに母の友人のTさんから電話がありました。もしかすると10ヶ月ぶりくらいかな?こちらから電話するのは一応遠慮していたんです。

で、「お元気ですか?」と聞くと「あんまり元気と違うねん」とのことで。「帯状疱疹の後の神経痛がなかなか治らない」そうで、年賀状にも書いてあったなあ、そういえば。

私は15年くらい前に帯状疱疹になっていますが、近所の皮膚科(兼整形外科)に行ったら、「神経ブロックの注射をしておきましょうか?」ということで、肋骨に沿った脇あたりに、人生で一番痛い注射(神経だしね)をしてもらいまして、ちょっとよく効く薬を出してもらったら、さほどこじらせずに迅速かつ綺麗に治ったので、いまに至るまで神経痛の後遺症に悩まずに済んでいます。

ただし、国保で1万円くらいかかった記憶がありますが、あんなに綺麗に治ったら言うことなしです。


つらい痛み・・・帯状疱疹!


Tさん、直後に教えてくれればアドバイスできたのに…(ーー;) もうかなり経っているので、いまさら遅いですよね。高齢者ほど出やすいとありますが…。少しでも軽快して欲しいと思います。




介護&精神疾患って「重さ」の二乗なんだけど


近況報告すると、いつもTさんには「あんたは強いな(メンタルが)」と言われます。そんなもんでしょうかね?(^_^;) まあ、もともとは弱めではあったけれども、鍛えられた気はしますけど…(^_^;) 

そういうことを考えていたら、介護のSNSからのメールでこういう記事を見ました。

【対談】めぐろのY子(ブロガー)×橋中今日子(介護者メンタルケア協会)「介護を“話す”のが大切」


介護の話は重い。精神疾患の話も重い。重い現実をまとめて背負ってしまったら、もう黙っている必要なんかない、と開き直ったことも大きかったですね、私の場合。

公的制度も活用できるだけ活用しよう、と思って、詳しい人たちに教えていただいて、さらに自分でも調べて相談したし、いろいろなことが目の前に現れるけど、ひとつひとつ自分でも目一杯片付けていこうと思ったし、その過程でおおっぴらに人前で泣いたこともありました。

父の介護の最中に区役所で、なにか怒って行ったことがあって(原因は忘れました)、怒って訴えようとしたら、飛び出したのが涙で、ちょうどその時の担当の方が「私も母親の介護をしています」(その人も独身だったらしい。男性ですが)と、非常に親身になってくださって、制度の範囲内で可能な限りの便宜を図ってくださって、私は怒りもなにもかも忘れて、ひたすら感謝して帰宅した覚えがあります。

当時のケアマネさんも「ご家族が懸命だから出来る限りのことはやります。これがいい加減な家族だったらここまでやらないけど…」と言って、本当に親身になってくださったので、これも感謝にたえませんでした。

こういうこともあったしね(^_^;)

現実の「共感」と内なる「共感」に救われる




他人を頼れるっていうのも「自立」の大事なことなんだよね


「自立すること」の中には「必要な時には人に助けを求められる」ということも大事なこととして含まれるんですよね。

個人の出来る範囲を越えた時に、その道のプロに相談するとか、公的制度を活用するために尽力するとか。そもそもそういう制度は依存のためにあるのではなく、自立に必要なものとして存在するのだと思っています。

よく生活保護などを誤解している人もいますけど、そういう人は「自立のために必要なよき相互依存」というのを理解していないのだと思います。

自分が出来る目一杯で動く。それでもダメな時は人に相談する。いつでも他人を動かすのは真摯な姿勢と想いだと思っています。いままで私が自分で経験してきたことだから…。

メンタル強くなるよね(^_^;)


あ、この記事も面白かったです。

“メンタルが強い人”と“ただの鈍感な人”の違い【DJあおいの「働く人を応援します!」】


なるほど、責任感かあ…。頷けるものがありますね(^_^;)

うん、確かにプライドもあるよなあ…。長子に生まれた宿命みたいな性格だなあ、と自分でも思いますが…(^_^;)



Tさんが「なにかあったらまた相談してもええかな?」と言われるので、「あ、いつでもどうぞ(^^)」とお返事しておきました。

私、誰かのために動ける時だけ「深い孤独」を忘れていられるみたいな気がします。


742ca84a503da381d681e75904533cf5_s.jpg


関連記事
スポンサーサイト