2016/11/30

病気を受け入れることで出会うメリットと奇跡のような回復


この道はいつか来た道。先人の体験は馬鹿に出来ない、と常々感じるので…。
自分の体験ですが、もしかしたらいつか誰かの役に立つかもしれまんせんし…。
ということで、今日も書いております。予約投稿ですが (^_^;)


病気を否定すると人生を否定することになる

以前に書いていた記事ですが、これに書いていたように、私の人生はあんまり普通の人のようにバリバリ元気でタフに動き回れる時がないままに過ぎてしまいました。

人生数十年 病気じゃない時ってあんまりなかったと思う



それで気がついたんですが、私には「ものすごく元気な時」というのは存在しなくて、「常にどこかが不調な時」があるのが当たり前になっていたんですね。

そうしますと、面白いことなんですが、なんらかの病気になっても、あんまりひどいショックを受けなくてすむ、という利点がありました (^_^;) 

慢性膵炎??うん、食後すごく気持ち悪いから横にならずにはいられない。これはもうちょっと楽になって欲しいなあ、と思いつつ、真面目に投薬と食事療法を続けていて、「せっかく食事療法しているんだからついでにダイエットもしちゃおう」と、脂質と糖質は駄目、という指示だったので、カロリー高いものが駄目だからそこに庭で縄跳びとかプラスしたら痩せましたね〜。代謝が活発な若い時だから。貧血にもなったけど。

パニック障害にもなったけど、発作が起きたらなんとかしてもらえるような所に就職しようと考えて小児科医院の事務に…。




諦め?達観?開き直り?なんでもいいけど

それでいまから思うとどういう病気も症状も「マシになるといいな」とずーっと思ってはいたけれど、焦って「治さないといけない」とは全然思っていなかった気がします。

結局「時間がかかるから焦っても仕方がないし、今の自分に出来る範囲のことをやろう」と思っていたんだと思います。

生まれつきで自律神経がこれだけ狂いやすいと、まあ、体質みたいなもんだから、軽くする事は出来ても完治させるのは無理だよなー、と思っていました。

だからうつ病になった時も「ああ、やっぱりか」と思って、ショックはあんまり受けなかったですね。双極性2型障害だと判明した時も「あれ?やっぱり」と思ってやはりショックを受けた記憶がないのは、自分でも薄々気付いていたんだと思います。

病気とも体質とも生涯つき合うのね。まあ、いいや。その時の自分に出来ることは頑張ろう、と思ったら、在宅介護まで出来てしまったんだから、結構こちらのほうが自分で驚くくらいでした (^_^;)




思わぬ僥倖にも出会えますし (^_^;)

でもうつという診断でSSRI(パキシル)を飲んでいたおかげか、それとも年齢的なことかわかりませんが、中学生時代から悩まされていた片頭痛が治りましたし。これも逆にすごくラッキーだと思いました。「うつだと思って飲んでたけど、片頭痛に効いたか。ありがとう、パキシル!! (^_^)」…という感じ。

で、家族の介護で動かざるを得ない状況で頑張っていたら、いつのまにかパニック障害も治ってしまいましたし…。

いろいろと悩んでいた症状が軽快、もしくは完治するにしたがって、「病気ってなにかとても重要なことを学ばせてくれる手段になってるんだなあ」と気付きました。

日常の中で非常に大変なことをクリアしていくたびに、得られるものは本当に大きくて、「ひとつまた成長出来たね。ご苦労さん」という感じで、ご褒美みたいにそれらの症状が去っていく…。そういうメカニズムになっているのかな?と思うくらいです。

もともと治らなくても仕方がないか、と思っている症状が治癒するのって、本当に「ご褒美」みたいに感じるんですよね。




改善や軽快はご褒美のようにも思える

で、近いところでは高血圧の謎の改善がありますが、これも本当に不思議ではあります。

「先生、高血圧の薬って一生飲まないと駄目だと思ってました。改善することってあるんですかね?」
「痩せた…か?」
「いや、全然痩せてません (^_^;)」
「ま、結果オーライでええやんか (^_^;)」とのことでしたが…。

ダイエットしたわけでも、食事に気をつけたわけでも、健康食品やサプリを飲んだわけでもないんです。そういうことは一切なにもしていません。それなのに血圧が下って降圧剤が不要になった。現在でも上が110〜120くらいで推移しています。

考えるなら、母の介護などで懸命に動いたから、それのご褒美みたいな…感じ?
まあ、なんでもいいですが、自分のことに限定すると、人生の課題をこなしたら、そのご褒美のように症状がよくなているとしか思えないような… (^_^;)

きちんと真面目に治療もしているし、薬も飲んでいますが、もしかしたら、なにか別の要素もあるのかな?と考えてしまいますね。脳と肉体、こころと身体が無関係ではないでしょうから、時々こういう事もあり得るかもね、と思っています。

私にとって、病気は敵ではないようです。道連れ…かな…と。「病気と闘う」という姿勢が私にはないのです。だから無理もしない。そのかわりに家族や人のためには動いたりできる。(べてるの家なんかも近い感じかな?)

だから私は焦らないのですね。「生涯病気と共に生きるでええやん」と思っています。重い課題をクリアしていくにつれて、もしかしたらまたなにかが変わるかもしれませんが、それは天にお任せして、私はいつでも自分が出来る範囲のことをやっていこうと思っています。

そうすればきっと「いつ死んでも後悔しない生き方」が全う出来ると思います。
Yukiさんのブログにも同じようなテーマの記事があります。

「マイケル・J・フォックスの贈る言葉」に学ぶ、病気を受け入れ、今を生きるということ



お絵描きはやっとキャラの線画が出来ました。


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