2016/07/09

虹を見つける方法について


雨宿りをしていた人々が、次々と雨の中に走りだして行った。その理由に胸を打たれ、人々は勇気をもらった


…という動画があったんですが、それを見て私が思ったこと。




ポジティブはひとつじゃない。



はい、みなさん、どうぞお気をつけて (^_^)
私は急ぎじゃないから走りません。

眼鏡が雨に濡れると転んで怪我する危険性が高まりますし、
他人に迷惑をかける可能性が生まれます。

障害者はまずそう考えます、何事につけても。


常々忙しいと、こういう時はゆっくり待っていたい。

出来ればお茶くらい飲みたいな。
空想していればわりとすぐに時間が経つし、
通り雨ならいつかは止むし。



お嬢ちゃん、パパによろしくね (^_^)
おばあちゃん、気をつけてね (^_^)



みんなが嬉しそうだと私も嬉しい (^_^)



…という感じで、こういう時こそマイペースで行くだろうな。
まわりの大勢に影響されない人間もそれなりに必要だと思うんだ。


…そいうところで、綺麗な虹が出たから、もうすぐ雨も上がるね。
お嬢ちゃんのパパの回復を祈っておくね。

せっかくだから写真に撮っていこう。


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基本、ポジティブな私の思考過程。ちょっと普通と違ってもいいと思う。


お得な待ち時間でした (^_^) こういうふうに生きたいな。









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夢と希望と願い(七夕に思う)

子どもの頃、
虹を見たかった。
大人になったら、
目前の苦しみに翻弄されて、
虹が美しいとも思えず、
虹が見たいとも思わなくなった。

子どもの頃、
野山や小川を求めて、
誰も知らない野イチゴの群生地を訪ねて、
何時間も何時間も歩いた。
大人になったら、
山に行っても寂しいだけ、
海にも何の感動もなくなった。
母親がそれらを憎悪させたから。

子どもの頃、
見たかった映画があった。
母親が言った。
「お前は見たくないわよね?」
私は答えた。
「うん、見たくないよ」
大人になって見て見たが、
つまらないだけだった。

子どもの頃、
遊園地に行きたかった。
母が言った。
「こんなとこ、
 二度と来たくないわよね?」
私は答えた。
「うん、つまんない」
親になって遊園地にいったが、
全く楽しいとは思えなかった。

「あれがしたい。
 これがしたい。
 どこそこへ行きたかった」
そんな叶えられない願いのある人は、
芥川龍之介の「芋粥」の主人公のように、
幸せです。
たとえ叶えられなくても。
人の希望や夢や願い、
それらを蝕む人は、
必ずしもやさしいとは言えませんが、
そうした人が死ぬと、
支配されていた弱い立場の人々は幸せになれる。
ヒトラーが自殺して解放された、
悲しいユダヤの人達のように。
人の死は悲しいことだと言う人があるけれども、
いかなる人も死ぬおかげで、
虐げられた人々も、
いつかは解放されるのです。
死は人間には、
かけがえのない神の慈悲なのでしょう。