2017/05/08

一番好きなことは仕事に出来ない私の理由


相変わらず、寝込んでいる時間が長いです。なにもはかどらず気ばかり焦りますが、仕方がないですね。
行けたら明日は母の所に行きたいと考えていますが…。


人生で手に入れたいもの

またですか?と言われそうですが、好奇心と「ネタにもなるから」というのでついついやってしまう心理テストの類です。こういうのはわりとよく見かけますけど…。

1枚の画像ですぐにわかる!あなたが人生で手に入れたい3つのもの


やってみましたら、私の場合、「じゆう」「きぼう」「やさしさ」でした。

特に「自由」というのはなにを何度やっても真っ先にキャッチする言葉です。私にとってはそれだけ大事なのが「自由」なのかもしれません。



お金よりも自由が大切なライフワーク

実は今朝起きた時にふと考えていたので、Twitterでもつぶやいていますが、2年ほど前、一時期(いまでもそうかな)「好きなことを仕事にしよう」というのをあちこちで見かけるようになっていました。

まあ、それも悪くないかな、と私も思っていましたけど、いろんなことを試してみて、自分には無理なことが多いなあ、とわかりました。

たとえば文章を書く仕事、ライティングですが、クラウドソーシングを見ていると、案件はいろいろあるんですが、なにかのテーマで適当に文章を書く、というのは自分には無理だと悟りました。特に美容とかは自分がまったく関心がない分野だから駄目です。つまらないし。

小学校の時に、読書感想文の宿題が大嫌いでした。大抵は課題図書、感動するかしないかは読者によりけりだし、こういうふうに書けば大人にはウケるんだろうな、というのも推測出来たけど、あえてそういうのも書きたくなかったし。

いまなら自分が読みたくて読んで感動した本のレビューくらいは書けると思うし、ごくたまに書いてますけど、そういう行動ってどこまでも自発的なものなんですよね。


仮に、「こういう文章をこういう感じで書いて欲しい」と言われても私には無理だと思います。「好きなものを好きなように」ではなくて、「クライアントの希望のように」というのが無理… (ーー;)

絵もそうですけど、ブログなんかもお金に無関係で好きなものを好きなように書いているから、ずっと好きでいられて、ずっと続けられるんだと思っています。

それくらいのこと、ですが、実はこれが大きなことで、自分が書きたいものを自主的に書く、というのはあくまでも自由な行為なんですね。その分責任もありますが、他者の思惑を入れないで(お金がらみじゃないってそういうことかな?と)「好きなことを好きなように書く」ことほど、私には大きな価値は存在しないのでした。

絵も文章も自分が生きることに直結しているものなので、その主導権というか、自由は最後まで死守したいと思っています。


仕事にするなら3番目以下だなあ…

だから一番と二番目に好きな絵と文章は仕事にすることは出来ません。制約絡みになるとどちらのパワーも死んでしまうから…。だから仕事にして、お客さんからの要望を受け入れることが可能な、妥協もそこそこ出来ることってデザインしかないなあ、と思います。

デザインはまだ自分でも勉強途上のような気がしてますし…。新しいことを学ぶのも楽しいし。

ものすごい狭い選択肢ですが、まあ、そういうことに気付けただけ、2年程度の試行錯誤も無駄じゃなかったみたいです (^_^;)



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2017/05/08

生涯持ち続ける「人生のテーマ」みたいなのってきっとあるよね


気温の上昇につられて、体温も上昇する日々ですが、さすがに37.4〜37.5度くらいになると、しんどくて横になる時間が増えます。ちょっとマシになったらもう夜 (ーー;)

自律神経の熱に解熱剤は効かないので、仕方がないですし、しばらくろくなこと出来ない日々が続くと思います。ご容赦ください (ーー;) 仕事もしたいけど、なんかこの時期はしんどさの方が先に立ってね…。



「症状」としての「衝動」はプラス、マイナス両面に働く


以前嘆いていたこの件につきまして、同じ双極性障害の患者さんがメインのSNSでお聞きしてみました。似たような感じで経験された方はないかどうか?と。

継続の影で「継続出来ないもの」の山が累々と… (ーー;)


そうしましたら、やはり似たような方はいらっしゃいました。ジャンルは違いますが、こういうのはどうも双極性障害でも2型の方に多いらしい「衝動性」が関わっているようです。ものすごく高い金額の買物とかなら気付きやすいし、セーブもしやすいんですが、ものすごく微妙なところなんで、かえってコントロールが難しいかも…という話になりました。

私もものすごい微妙さを感じます。この「衝動性」が悪い方向にいくと、突然に自殺しやすくなったりするので、怖いんですよね。そもそも薬で押さえることが可能かというと、これまた微妙な感じで… (ーー;)

でも私改めて考えました。仮に、この衝動をなにかの形で抑えてしまうと、今度は創作意欲そのものに影響が強く出て、なにをする気もなくなってしまったら…これほど怖いことはありません。少なくとも私にとっては死ぬよりも怖いです。

この衝動を抑えるのはもしかしたら正解じゃないかもしれません。お金に換えられない生き甲斐みたいなものに結びついている可能性はあるよなあ、と自分でも思います。

だとしたら、無理に抑えるのはかなりまずいんじゃないかな?とも…。困っても無理にセーブしないほうがいいのかもしれないなあ、と… (ーー;) 作業療法士さんに「いつでもなにかをやっている」という印象があるくらいだから、私にはそれが自然なのかもしれませんが…。悩むなあ… (ーー;)




人生が作品に及ぼした影響について

ブックマークのコメントでそのような質問をいただきましたので、改めて考えてみました (^_^;)

ただし、子供時代の作品は親が処分してしまったので、私が覚えている範囲内の話になりますが…。

幼稚園時代、クラスでもっとも「お絵描き帳」を描き潰すのが早いのは私でした。もちろんクレヨンも。そのつど買ってもらっていたので、家で書く用紙は父が描いた図面を青焼きしたものの裏側を適当なサイズに切って、母が糸で綴じてくれたものです。それでもすごく嬉しかった記憶があります。

そのお絵描き帳に一番多く描いていたのは「お姫さま」です。ドレスはもちろん、着物のお姫さまと、あと鹿や鳥やうさぎなどの動物ですね。これらのモチーフは現在の絵にもよく出てくるので、私の原点は本当に変わってないなあ、と時分でも思います。

小学生の時はノートに鉛筆でホラーっぽい漫画を描いていたような気がします。中学生になってからはクラスの子をモデルにした日記漫画を。このころ、カムイ伝、カムイ外伝の影響を受けて時代物とか歴史物に興味が湧いて、以来、時代考証をきちんとした絵にこだわるようになりました。

高校の時の漫研で初めてペンを持つ。私のペンデビューは遅かったのですね。春休みか何かに16ページの漫画を描きかけて挫折。愛情のあるキャラでないと描けないことも思い知りました。

で、病気療養期間は同じ趣味の友達に複数出会った時で、絵柄的には萩尾望都さんの模写をしていて、影響も受けました。好きだったからなかなか抜けられず (ーー;) 

ストーリーは中世ヨーロッパあたりをモデルにしたようなファンタジーとか描いてましたが、宗教観にぶつかって、それも挫折。なんとなく理解しやすい日本の古代に戻ってきました。

で、古代日本を舞台にした漫画は歴史なのか事実なのかわからない時代の曖昧さのなかで、かえって自由に想像出来たこともあって(当時は田辺聖子さんの「隼別王子の叛乱」の影響が大きくて)とりわけ記紀のなかでも古事記の人物造形に心惹かれたために、結構妄想していました。

その頃から、「自分の運命にただ従うだけなら悲劇にしか終わらないけど、少ない選択肢の中から自分の道を自分で選んで歩むから、それは傍からは悲劇にしか見えないかもしれないけど、断じて当人には悲劇ではない」という価値観がいままで全然変わっていないのに自分で驚きます。

三つ子の魂そのままを地で行くタイプかもしれませんね (^_^;) 中心にあるものは驚くほど変わってないです。何年、何十年経ってもやっぱり「私は私でしかない」と、過去の原稿や同人誌を振り返るたびに再確認します。



人それぞれに「人生のテーマ」みたいなのがあるんじゃないかな


人生のテーマを悟るのが早かったのかも…。…といっても幼稚園の時に「自分は結婚しないと思う」と気付くのも早すぎる気はしますが、でも間違っていなかったので、そのあたりで、いろいろ気付いていたのかもしれません。

そういうのって、しっかりした「芯」になって、成長しても経験を重ねてもゆるぎないものになって、さらにそのまわりを豊かに強く支えるものになっているような気がします。思うと不思議ですけど。

とにかく、「自分が歩む道は(たとえ選択肢の幅が狭くても)自分で決める」「自分で決めて実行してきたことだからどういう結果になっても後悔しない」「そうしたら、悲劇のヒロインにならずにすむし、最期にハッピーエンドで〆られると思う」というのが子供のころから、現在の至るまで変化しない人生のテーマですね (^_^;)

一度ならずも挫折したことでそれが増強されたんだと思います。

転ばないと、痛みもわからないし、転んでからでないと立ち上がる大変さもわからないし。だからいろいろとアクシデントも予想不可能な人生のあれこれもありますが、私はどこかで「そうか、そうくるか」という感じで受け止めているところがあります。

昨日の若松英輔さんの本の中にも「真剣に生きている人にはこの世は生きにくい」というような言葉があったと思う(すみません、付箋を忘れて見つけられない)けど、そうか、それでいいんだ、と妙に腑に落ちたので、この先も自分の生き辛さを嘆かなくなるような気がしています。

辛さの中でも少しずつ余裕を見つけられるようになっていくあたり、経験から学んでこれたことなのかもしれません。




↓20年くらい前のアナログモノクロ原稿。最初の頃、作品が少なかったので、ちょびっと色つけてサイトに掲載していました。でもこのペン画の線はいまはもう描けないと思います。眼も手も無理っぽい… (T-T)

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彼らはいまでも私の中にいます (^_^)



2017/05/08

05/07のツイートまとめ

haruusagi_kyo

いや、実はないのよ。十数年受診していてもネタは途切れない。うちの場合は3人分話さないといけないこともあるし、患者家族と当事者と両方の立場でもあるからなあ… (ーー;) メモしていかないといけないくらいに毎回山盛り (ーー;) https://t.co/0oDADghPcz
05-07 21:32

いままでに数えきれないほどあった希死念慮と闘って勝ってくると、それはややっぱり相当メンタル強くなっていると思います。
05-07 21:27

LINEのスタンプ「白狐ちゃん」販売中です。水干着てるけど女の子です。お稲荷さんのお使い狐です。可愛がってください。https://t.co/V6EPgmqyeZ 拡散希望 https://t.co/JVhSg4AgeV https://t.co/AZlRe7uv9P
05-07 21:06

怖いものがない、というのは正確には傷つくことが怖くないってことかもしれません。仮に傷ついても回復が早いというか、立ち直りが早いと自分でも思えたりするから、ちょっとくらい人間関係で傷ついても戻るの早いから大丈夫(^_^;)
05-07 19:55

RT @chitaponta: 強制入院など難しいところはあるが、この点は同意。子どもや親、会えない関係ってある→「家族が極力、長男と距離を取ることでしか、家族の安全は守れないと考えたからです」<ひきこもり>自宅を占拠し両親を奴隷化した20代長男(毎日新聞)https://t.…
05-07 19:40

いま考えても私には取り立てて怖いものはない気がする、っていうのは軽躁なのかなあ??体調はかなり悪いですが…(ーー;)
05-07 19:35

自分の病気をオープンにするかクローズのままか?という悩み、そもそもクローズにするという発想がなかった私。たとえ勤めていてもオープンにするだろうと思う。なによりも自分を失うほど怖いことはないから、それを思うと人間関係少しくらいいいや、って思う。でも意外に壊れないもんですよ(^^)
05-07 19:34

趣味にも波がある - つれづれ日記ー逝春抄ー https://t.co/3HjleEDZqb
05-07 18:18

生涯持ち続ける「人生のテーマ」みたいなのってきっとあるよね - つれづれ日記ー逝春抄ー https://t.co/ZmoXo62UoG
05-07 09:59

「もし、あなたが少女漫画の登場人物だったら?」キャスト配役占い // 結果は...『あなたは「完璧なイケメン」タイプです』 https://t.co/3LcaMqIffa #mirrorz あー、イケメンキャラいるなあ。イマジナリー・フレンドの一人だけども。
05-07 08:36

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