2015/11/30

大丈夫、安心してね、と心から言いたい

「将来の不安を感じているとき、共感にみせかけて煽る人を相手にしてはいけない」

このタイトルをぱっと見た時に「煽る人」という意味が掴めなかったんですが、つまり「不安を煽る人」って意味なのね〜。そういえばいますよね、こういうタイプの人。

「大丈夫〜?本当になんとかなる??」と言ってくれるんだけど、その実、参考になりそうなアドバイスとか、そういうものはくれなかったりするんですよね。だから余計に不安になる悪循環。確かにそういう人は自分自身の不安を投影しているんだろうな、と思います。だからその人自身もづしたらいいかわからなくて不安なんだよね。




具体的な対策を考えてくれる人はホントにありがたい存在だと思います。ちゃんと地に足がついてると思うから。本当に必要な心配りが出来る人なのですね。確かにこういう人は大事にしないといけないと思います。

「大丈夫?」じゃなくて、確信を持って「大丈夫」と言ってくれる人は大変にありがたい存在です。おなじ「大丈夫」という言葉の中にも安心感があるからですね。安心するとそれが励みにもなりますね。




私もわりとよく「大丈夫」という言葉を口にしますが、これは本当に確信があるから言っています。

父が亡くなる直前にも、容体が悪くなっているんだけど、ずっと手を握って「大丈夫。リラックスしてね。大丈夫」と言い続けたために、最期には私が父の精神安定剤みたいになっていました。息遣いとか、そういうのがいくらか楽になるのがわかるんですよね。

だって私は昔から、父が死を怖がっているのはよくわかっていたから。だからゆっくりと家族と一緒にその準備が出来るように、胃ろうを設置することにも迷いませんでした。苦しいだろうから、気管切開と人工呼吸器はやめて欲しい、とお医者様にあらかじめお願いしてありました。

ですから、本当は病院のICUで死亡してもおかしくなかったんですよね。でもケアマネさんやかかりつけの先生が相談して、もう一度家に連れて帰ってあげたい、ということで、ICUから家に直帰(あんまりない事例らしい (^_^;))。それから半月、父は頑張ってくれましたので、私もターミナルケアを充分に尽くすことが出来ました。

私が心から確信を持って言う「大丈夫」にはかなりの説得力があったようです。あんなに怖がっていた人だけど、本当に安心して旅立ってくれました。非常に安らかな顔でした。

その時に私自身も父から大きなものをもらいました。私も父から「大丈夫」という安心感と確信をもらっていたんですね。それは現在でも生きる支えになっています。

自分で振り返っても、理想のターミナルケアをしながら、同時に自分も癒されていたという(グリーフケアも並行していたわけです)体験。私が子供の時からずっと感じていたあの世とこの世の距離の近さゆえかもしれませんが…。
一片の後悔も残らない介護が出来たのって、すごいなあ、と自分でも思います。



だから「大丈夫」っていう言葉にはとても大きな意味があるんですよね。本当にその人に必要な時にちゃんと「大丈夫」って言える人間でありたいと思います。

死ぬことも「大丈夫」と言えるくらいだからなあ…。きっとこれから先もどういう時でも大丈夫、と思っていますけどね (^_^;)


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2015/11/30

11/29のツイートまとめ

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11-29 21:07

2015/11/29

継続には「楽しいから」という気分が必要

さて、困った。今日もネタがない (ーー;) はてなの「お題スロット」を見たけれども、面白そうなお題がないわ~ (ーー;) 11年もブログを書いていると、大抵のお題には触れている気がするし。

どうも朝に気分が悪いのと同期して、脳も朝はあまり働かないような気がします。それで夜になるにつれて、調子が徐々にアップしてくるんですよね。「さあ、もう寝よう」と思ってから、書きたいことが浮かんできて、また起き出してそれを文章にしてしまわないことには落ち着いて眠れなかったりします。描いてしまうと安心して眠れるようになるんですね。そのあたり、脳のテンションも夜型みたいになってるなあ、と思います。


まあ、でも今日はブロッコリーが黄色くなりかけているのを見て、慌てて胡麻和えにしたりとか、ご飯は炊いたので、あとはレトルトのカレーなりどんぶりなり、好きに食べて、と言っておいたら、弟はカレーを作っていました。私だったらどんぶりかなあ。インスタントのみそ汁に麩などプラスして、まあ、それで多少なりましなバランスになるかな?と。

その後、100円ショップに行って、簡単に食べられるものを仕入れて来ました。
100円ショップに行くと、ついつい雑貨を見ちゃうから買わないにしても1時間コースになってしまいます (ーー;) 仕様がないねえ… (*-д-)-з



突然に思いついた。テーマは「継続」にしてみます (^_^;)

このあいだどこかで読んだんですが、ブログを始めてもひと月くらいでやめちゃう人が少なくないそうですね。こういう類似の調査は数年前にも記憶があって、その時は「ブログの寿命は平均6ヶ月」というのを覚えています。

みなさん、飽きちゃうのかな?単純にネタがなくなって困ってしまうのかな?面倒だっていうのが一番わかる気がしますけど…。

私はどうなんだろう?? 11年って書くと長いし、そのあいだにあったことを振り返るとやっぱりとても長い気はするんですけど、実際に怒濤のような日々がかなり多かったですね。特に介護と自分の病気に関しては、ですね。どちらも大変な要素ではあるんですが、不思議と私は一度もやめようと思わなかったのですね。 …その結果がいま現在に至ります。

これはお絵描きについてもそうですし、物心ついて、初めてクレヨンを手にして以来、モノがない時代は父が設計で使っていた青焼きの図面を母が適当にカットして、中表に半分に折って、糸で綴じた「お絵描き帳」を何冊も作ってくれたのを埋めていたし、〉幼稚園に入ると、園指定のスケッチブックを何冊も描き潰していた記憶があります。

本にしてもそうですね。母が機械編みの内職をしていたため、祖母がいつも「御所いこか?」と言うと、必ず2、3冊の絵本を抱えて行く。幼児の頃はどこに行くにも絵本が必要不可欠アイテムでした。幼稚園に入ると園内の本を読み尽くし、小学校に入ると毎月買ってもらう児童向けの文学全集以外にも学級文庫や図書室の本を読みあさる。江戸川乱歩の少年探偵団シリーズとか、ああいう機会がなければ読まなかったかも…。佐藤さとるさんのコロボックルシリーズも小学校で出会いました。




そういうことって、気がついたらすっかり習慣化しちゃっていて、「ないと気持ち悪い、落ち着かない」「やめようとは思わない」というだけで何十年とずーっと続いてきちゃってるんですよね (^_^;)

「やめようと思わない」のは結局好きだってことなのかな。どれも一度もやめようとは思ったことがないのですね。で、いつのまにかえんえんと継続していた次第です。好きだし、面白かったということですよね。

逆に「面白くない」と感じることはいくら支払って始めても3日と続かないことがわかりました。

私の場合、「面白い」か「面白くない」をスケールにすれば、長続きするか駄目かも非常にわかりやすい気がします (^_^;) 正直なものですね (^_^;)



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2015/11/29

11/28のツイートまとめ

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11-28 21:07

2015/11/28

子供の頃の記憶が形作ってきたもの

さて、今日はネタがない。困ったぞ。

自分の分と、母の分と年賀状用の裏面はほぼ原稿が出来てしまったので、あとは名簿を整理して印刷すればいいのですが、まだハガキは買っていないし、急がなくても売り切れないだろうから来月でいいなあ、と… (^_^;)  

それから新年更新用の壁紙などもぼちぼち作っています。ページはまだですが、素材は出来たので、まあ大丈夫でしょう (^_^;) 今年中にもう1点くらい描けるかもしれないなあ、と思いつつ…。

でも、やっぱり朝は相変わらず駄目ですね。今日も駄目なので、ご飯だけ炊いて、コンビニでコロッケ揚げてもらって生野菜を買ってきました。昨日はお弁当屋さんに頼んだので、今日はつつましくやってます (^_^;)




この記事がらみで書いてみようかなあ…。

「幼年期の記憶がもつ力―将来の人生を豊かに」


脳が未発達ゆえの「幼年期の記憶喪失」っていうのは興味深いことですね。

私はわりと子供の頃のことを覚えている方だと思います。連続した記憶ではなくて、点景的な記憶ですが、覚えているエピソードはほとんど五感を伴っています。

前にも書いたことがるような気がしますが、一番古い記憶は生後7ヶ月ですね。当時はまだしっかりと座ることが出来なくて、祖母と母に連れられて行った、京都御苑内の白梅林の芝生の上でした。日差しがぽかぽか暖かくて、私のうしろに祖母が座っている。母は立って前かがみで見ている。芝生の上に座らされた私はどうも、長い時間座り続けることが出来なかったようです。「いや、この子、こけてくるわ〜」と祖母が言いました。そういうシーンを五感で記憶してるのですね。一番古い記憶。

その後はまた点景になって、夏の夕暮れに布団の上に寝ころんで、百人一首の取り札を読んでいたり。で、時々それを間違っていないかどうか母に確認している。私が文字を覚えたのは、小学校もろくに行っていない祖母が読んでくれた絵本と、この百人一首のおかげです (^_^;)「ゐ」とか「ゑ」なども一緒に覚えました。のちに古典が好きになった要素かもしれませんね。

あとは自分にとっての個人的なイベントだった、入院とかそういうのもよく覚えているなあ… (ーー;) 上京区の家のお風呂は薪で焚くお風呂だったから、日頃は銭湯に通っていたこととか、その自宅のお風呂に頭からはまったことがあるとか、よくお世話になった小児科の先生のお宅にあった真珠貝の成長を額にしたものとか、ミニチュアの飛行機とか、そういうもものは私だけじゃなくて、弟でも覚えています。

弟が産まれた時も、真夏なのですごい雷が鳴っていて、祖母達と産院の一室でそれを聞いていたとかね。

ただ、アルバムに残っている「○○遊園地に行った」とかそういうことはほとんど覚えていないのは、私にとってはあんまり重要なイベントじゃなかったのかなあ??

子供の頃の記憶って、ちょうどお祭りの提灯みたいだな、と思います。ああいう灯が繋がっている。でも暗い部分も灯の紐を辿ってたぐり寄せることが出来たりとか。



子供の頃の写真やビデオ(昔はなかったけど)自体はあんまり記憶の助けにはなりませんが、でも思い出した時の確認には使えますね。具体的に思い出した時に、眼に見える方法で確認したら、一生忘れない記憶になります。

確かにこういう幼いころからの記憶の積み重ねは自分というものを形成する大切な要素になっているし、一見マイナスに思える記憶でも、成長すると必ずしもマイナスとは言い切れないものになっていることもあるなあ、と思います。精神的な満足度との相関、うん、大きいだろうな、と思うな。




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2015/11/28

11/27のツイートまとめ

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11-27 21:07

2015/11/27

やっぱり自分に対して負けず嫌い

今日は訪問看護師さんが来られる日でした。

いつものように話して、バイタル測定して(今日は血圧ちょうどいい感じでした)、
足のマッサージをしていただいて、「きよしのズンドコ節」で上半身体操して。
その後に立ってまた軽く体操。それだけのことでも若干脈拍が速くなる、
普段の運動不足を実感しています。

まあでも、寝たきりにならないだけでもかなりマシですしね(^_^;)

週に一度でもマッサージのおかげか、足のむくみもましになっているようです。
そうか、むくみは水分。水分って結局血行のことだよね〜。血液が足から心臓に
戻る力が弱いとむくみになるんだな。当たり前のことだけど再確認します。

「ここに来ると逆に勉強してます」と言われたんですが、ごく普通の世間話している
だけですよん(^_^;)

ただ、ここしばらくの特に朝の具合の悪さと、起き上がるのが大変なことと、
起きてから出かけるまでに3時間は必要なこと、いままでに長年苦労して作ってきた
自律神経のリズムを崩したくないために毎朝必死で起きていることも話しました。

やっぱり相当な意思の力が必要だと言われました。意思と意地と負けん気(自分に対する)
それだけかもしれませんです。




人によっては眠気が強くなる薬や、倦怠感が強くなる薬を飲んでいる人もあるでしょうし、
そういう場合は意思の力だけじゃ起き上がれないこともあると思います。

それとうつ病なんかだと、初期の頃は心身ともに休養を必要としているでしょうし、
そういう時はあえて逆らわない方がいいと思います。
上手に病気とつきあっていく方法ですよね。



私の場合はいまは精神科の薬はリーマス以外はデパスとセディールだけしか飲んでいませんし、
薬のおかげで眠くなってたまらないこともありませんし(でも在宅介護中はよくありました)
辛い要素は少ないかなあ、と…(^_^;) …でも辛いけどね。



あえて病気に勝ちたい、とは言わない。一生付き合う覚悟は出来ているし。
でも負けたくはない。それは強く思います。

そうするとどこかで「病気」=「自分」になっていることに気付きます。
自分に対して負けず嫌いな気持ちがむくむくと頭をもたげてくる次第です(^_^;)


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2015/11/27

生命あるものたちには通じるものがある

ああ、もう、この朝の気分の悪さってなんとかならないかなあ… (ーー;)
ゴミを出して、薬を先に飲んで二度寝してしまった。で、もう今になるとご飯を作る気力がすっかり失せている。いつも寝る前には献立考えて寝るんです。でもそれが作れない。毎朝の敗北感 (ーー;)

夜になるにつれて調子の波はアップしますが、でもあとは寝るだけだしね〜 (*-д-)-з 外出の時は3時間前に起きないと調子が整って気分がましにならないのも結構難儀です。通院するにも家を出る3時間前に起床。

なので、以下の下書きは昨夜のうちに書いたものです。



介護のSNSからのリンクは無理っぽいのでこちらの記事をリンクしますね。



認知症のおばあちゃんにひ孫を合わせるとどうなるか?という話題があって、「えー??その悩みってなに??」と思ったんですが、ふと、そのことについて検索してみたら、結構出てくるんだな…。みなさん、介護しながらそんなことで悩んでるんだな。はあ… (*-д-)-з

悩むことなんて前提にもなかったなあ。

昔、まだ核家族が少なかった時代には4世代が一緒に暮らしていてもおかしくなかったし、生まれる時から死の時まで、家の中で見守る体験が普通でしたしね。私も祖父は自宅で見送りましたしね。

そういうことが普通じゃなくなって、ましてや認知症だから、なにをされるかわからない、という不安があるのでしょうか。…あるかもしれないけど、実感としてはいまいちよくわかりません。



うちの母も6月にひ孫に初対面で、あの時は自分がしんどいから笑う余裕もなくて、それでもあの時に撮った写真を今も愛おしそうに眺めています。孫のメールで足を切断する決意をするくらいだしね (^_^;)

ひ孫の方も全然人見知りしなくて、母ばかりか私にも親しくつきあってくれたから嬉しかったですよ。可愛いよ~ (^_^) 関わるみんながそれを当然だと思っているから、悩むはずがないよね。すごい自然な流れでしたし (^_^)



そういう話を、昨日マッサージのT先生に話したら、「はあ?なんですか?それは」とやはり悩む人がいること自体を驚いてらしたようでした。

T先生とは父の介護で初めてお会いして、もう10年来のおつきあいになります。高齢の患者さんや認知症の患者さんや、精神疾患の患者さんのところにも訪問されています。

で、まあ、いろいろな患者さんのところで話を聴くと、こちらも参考になっていいんですよね。

たとえば音楽療法を受けておられる認知症の方とか。その方は最初の頃は昔の馴染のメロディに反応して手拍子をしたりされていたそうですが、それも回を重ねると、今はほとんど反応されなくなったらしいです。

「やっぱり脳への刺激というと生き物が一番いいんじゃないですかね?動物とか子供とか」と私。
「アニマルセラピーというやつですね」
「子供や動物は反応がワンパターンというのはありませんし、飽きることもないのでは?」

T先生が通っておられる中にたくさんの猫を飼われているお宅があるそうです。(ここのお話は以前も聞いたことがあります。家猫の他にも通いの野良猫も複数いるそうです)で、ある日、その大勢の猫の中に一匹の子猫が仲間入りしたそうで、これが大人猫の新入りだったら他の猫達が容赦しないんだけど、子猫の場合は、もう傍若無人に振る舞われても大人猫達はまったく怒ったりしない。むしろおおらかに子猫を見守ってる、と。


人間でも同じだと思う。子供に対しては警戒心もなくなるし、可愛いというほとんど本能的なものも働くんじゃないのかな。面白いですね~、と言ってたんですが。


子供っていうのは未来ですから。そういうこととかちゃんと伝わると思うんだよね。ましてや親しいものとか、血の繋がりがある場合とか、そういう絆のようなものは一層強く働く気がします。



私の母方のひいおばあちゃんは私が4歳くらいの時に亡くなりましたが、独特の優しい存在感はよく覚えています。
ひいおばあちゃんの歌で踊る着物姿の私と従姉の写真が今でも残っています (^_^) ひいおばあちゃんも好きだったなあ。わずか4歳でもしっかり記憶に残るくらいにね (^_^)


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2015/11/27

ブログ11歳になりました (^_^;)

数日遅れて気がついたんですが、この11月で私のブログって
始めてから丸11年になるんですよね。

11年、というと、生まれた子供が来春は中学生になる年月です。

最初はラブログから始まって、FC2とはてなに移ってるから
わりと新しい読者の方も少なくありませんし、あんまりピンときませんが、
でもとにかく11年こつこつと書き続けてきたわけです。

続くかな?と案じたけど、親の介護とか自分の病気とか、尽きないネタに
恵まれて、本当に「日記」の発展形になってここまで来ました。

ここまでくると、もはや習慣になってしまっているので、内容が
受けようが受けまいが、そういうことはどうでも良くて、
本当に備忘録としても大切なものなので、まだこの先も続くと思われます。

相変わらずの毎日ですが、どうぞみなさま、今後ともよろしく
おつきあいくださいませ (^_^)


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2015/11/27

11/26のツイートまとめ

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11-26 21:07