2015/09/30

試行錯誤にもまだ遠い (ーー;)

突然ですが、こういうものを買いました。

dessin1.jpg

ボークス製のカスタマイズドール、お子様サイズです。
カスタマイズなんて器用なことをやろうというのではなくて、デッサン用です。
常々描いている少女の設定年齢が10〜13歳くらいなので、これでいいかな、と。

隣のリカちゃん人形と比較するとさらに可愛いサイズですが、この方がわかりやすいかな?と。
スタンドもリカちゃんのを借りています。

要するにちょっと3Dぽいポーズというかイメージが頭の中にあって、
常々描いている平面的なデッサンとは微妙に違うのですね。わりと俯瞰。


CLIP STUDIO PAINTの中のポーズ人形とどちらが使いやすいか、試してみないと。


私の場合、Adobeのユーザーインターフェイスに慣れすぎていて、それこそ
よそ見しようが考え事をしようが、手が勝手に動いてPhotoshopとIllstratorの
作業は出来るんですが、(だから時々うっかり保存を忘れる)
セルシスの方はまったく勝手が違うので、マニュアルなしだとわかりませんし、
そのマニュアル読むのが面倒だから、どうしても「あ、Adobeの方が早い」と
なってしまうんですよね。

基本的に新しいものに手をつけられないこの病気の
弱点もあるのかもしれませんが…。


セルシスをマスターするか、ドールでデッサンするか?目の前の課題はそれです。
平面的なデッサンは一応問題ないとして、3D的なデッサンも漫画を描いている時に
基本はやったんですが、どの程度手が動くかいまいち自信がないので…。


dessin2.jpg


おそらくこのドールの方が簡単で手っ取り早いよね (^_^;)


いろいろ落ち着かないせいで、なかなか集中出来ませんが、描きたいものは
ちゃんとあるので、少しずつでも形にしていきたいなあ、と思っております (^_^;)
気の長い話だ… (ーー;)


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2015/09/30

回復は順調なようです (^_^)

母のところに行ってきました。

家を出たところで近所のおばちゃんたちにつかまって、一通りの状況説明を余儀なくされました。みなさん、いつも手伝おうと言ってくださる気持ちは大変にありがたいのですが、なにしろ80前後の方ばかりなので、お気持ちだけありがたくいただきました (^_^;)


で、バス停まで行くと、バスが着たところで、走ろうとしても日頃走らないから走れない…。諦めかけたけど、バスが待ってくれて、なんとか乗車…。

まだ時間が早いから、先に郵便局に行って、聞きたいことを聞いていて、足りない用紙をもらってきました。かんぽは本当にややこしいですね。私は他の保険会社を知りませんが、比較しないでもややこしいと感じています (ーー;)


用事がすんでもまだ時間があるので、コーヒーショップに入って必要種類を記入したりしてたんですが、それでも早いなあ…。ICUの面会時間は12時からだしなあ…と悶々としてました。

取りあえず洗濯物だけは部屋に置いて来よう、と思って部屋に入ったら、あれ?もう戻ってるの?…ICUに2、3日と聞いてたけど、もう戻ったってことは回復早いんだなあ。



「点滴がうまく入らないので、抗生物質などは口から飲んでいただこうかと思っています」と看護師さん。今日あたりに食事も再開になりそうですし、まあ、口からでも飲めたらいうことはありません。

痛まないか?と尋ねると「痛くない」と言います。寝巻きの上から見ているとすごくよくわかるけど、本人は感覚も弱くなっていたのかなあ???

あとは順調に回復すれば退院可能になるのかな?と思いますが、こういうケースは初めてなので、どれくらいかかるのか予想が出来ません。

今のところは精神的にも落ち着いているようなので、明日は私も休みにして、明後日はクリニックの受診日ですが、そのまま病院に行こうかとも考えています。逆方向ですが。でないと土曜日は忙しいですし…。来週は来週で郵便局の人にも会いたいし…。

私自身が落ち着かないことこのうえありませんね〜 (*-д-)-з




2015/09/30

実は、満月が苦手なんです (ーー;)

十五夜も終わり、スーパームーンも過ぎて、ちょっとほっとしている私です。

実は私は満月がちょっと苦手です。絵に描くのは全然問題じゃなくて、むしろ好きなんですが、満月はね…。どう表現していいものか悩みますが、「怖い」のとはちょっと違いますし、「不安になる」のも一部当たってるけど微妙に違いますね。三日月とか十三夜くらいまでは大丈夫なんですが、満月になるとね、あまりまともに見たくないですね。なんだか気持ちと背中のあたりがすごくざわざわして落ち着かなくなるんですよね。

うーん…。前世は狼男だったのかもしれません (ーー;) 月の光からは遠ざかりたくなる。

だから満月の夜はわざわざ月を見るために外になんか出ません。どうしても出ないといけない用事があったらなるべく見ないように行動します。見えない所に行くとホッとします。

これはいったいなんなんだろう??自分の中のなにがどういうふうに反応しているのか謎です。謎ですが、苦手なものは苦手なので、絵に描くだけで満足しています (^_^;) それならざわざわもしないからさ。月だの台風だのに自律神経などが影響されるのは地球の生物の宿命かもしれませんね。




昨日は久々に叔父達と会って、待合室でちょっとした雑談会になりました。

隣の市に住む叔父夫婦。叔父は77歳ですが、現役の頃から在宅にシフトして、現在もまだPCとネットを駆使して仕事をしているそうです。数年前に大きな腰の手術をしたので、出張こそあまりしませんが、でもそれ以前は国内はあちこち行っていました。(現役時代は世界を飛び回ってました)

で、一応定年退職したものの、乞われて先日まで福島大学まで集中講義に行っていた従兄と。この二人の間だと普通にネットやPCまわりの話になっていましたが、仕事の話題は私にはわからないので、口出しは控えて叔母と世間話をしていました。

叔父も従兄も仕事関係のプリンタはレーザーを使ってるらしいですが、文書のプリントは早いけど、カラー画像にはやっぱりいまいちかなあ、と思いつつ…。

92歳の伯父もPCは使いますが、持病の首が辛いから長時間は無理らしいです。なにかがあればすぐにネットで調べるのは私も含めた3人の共通点ですね。古い部品をいつまでも保存しておいて「何かに使えないか?」と考えているあたりはエンジニアの特質のようですが… (;゚∀゚)

私と同い年の従姉が腰痛で寝込んでいるのは知ってましたが、それで手術したのは知りませんでした。うちもそれどころじゃなかったかも… (ーー;) ま、無事に終わって、従姉のところはすでに成人した子供が3人いるから、いっぱしの戦力にはなって安心でしょうけど…。




こういう話、もともとはお正月に伯父の家に集まってやってたんです。父も飲みつつ食べつつ、そういう仕事も含めた会話をするのを楽しみにしていたし…。でも今は誰かの手術のときにしか集まれないし、待合室での会話&雑談になっちゃっています。そういう歳月の流れ。

叔父が言っていましたが、11年前、母の乳がんの手術の時は父もまだ元気でしたが、待っている間中一言も喋らず、「無事に終わりました」という連絡が入るまでは沈黙の人になっていました。「心配したはったんやなあ」と。父の方が先に逝ったのはよかったんだと思います。




今日も早めに家を出て、先に郵便局で聞くことを聞いて用紙ももらって(かんぽのややこしさって半端ないね)、それからICUは12時からなので、母の顔を見てきます。落ち着いてくれていればいいなあ、と思います。



jouga.jpg


2015/09/30

09/29のツイートまとめ

haruusagi_kyo

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09-29 21:09

2015/09/29

母の手術は無事に終わりました (^_^)

本来ですと、個別にお礼を申し上げるべきところ、非常に疲労が強いため、ブログでまとめてご報告の失礼をお許しください。

12時過ぎに手術室に入って、麻酔と輸血、手術と後の処置なども含めて、すべてが完了したのは3時40分くらい。それからICUでの面会が許されて、対面した時には、母はすでに麻酔から醒めて喋っていました。

「また会えて嬉しい」とみんなの手を握って嬉し泣き。今日の待合室には叔父夫婦と従兄が来てくれました。それぞれの名前を呼んで、手を握って感涙なのはいいんですが…。

どうもなくなった右足の存在を脳が覚えているようで、「先生は切らずに治してくださった。それが嬉しい」と思っているふしがあります。やがて徐々にわかってくるだろうし、その時にまた落ち込まないといいなあ、と願いつつ、あまり興奮させると良くないと思うので、早めに退散。私はまた明日に様子を見に行くつもりです。やれやれ…。ちょっとほっとしました。

励ましてくださったみなさまには深く心より感謝致しております (^_^)



ただ、今日もやはり弟は病院には行かず、留守番をしていました。ほぼないとしても仮に手術中になにかあったらどうするねん?とか、自分になにかがあっても病院の中だから誰かがなんとかしてくれるから、と思うんですが、覚悟が足りないのもいいところだよな、と私は思う… (ーー;)

覚悟のゆえに自分はパニックを克服出来た経緯があるから、こういう時は非常にもどかしいです (ーー;)



それはともかく、手術中に病院の方から「切断した脚はどうしましょう?」と聞かれて、びっくりしました。脚なんかもらったところで、どうしたらいいのかわからない (;゚∀゚) 剥製にしても意味ないし、結局は病院の方で火葬にしていただくことに同意しましたけど、ああいうものを引き取る人がいるんだろうか?引き取ったらどうするんだろう??と素朴な疑問を感じました。

健康な脚なら、部分的に移植とかに使えるのかもしれませんけどね…。整形外科的な手術は本当に初めての経験で、意外性のあることも多いですね (;゚∀゚) これも経験。

あとは順調に回復して母が元気になるのを待つのみです。

しかしながら、こういう時期に並行して仕事とかは絶対に無理ですね。お断りしてよかったなあ、と改めて思いました。



2015/09/29

世代間格差なんて存在しないー本当のことを知って欲しいー

10時半には家を出るんですが、昨夜寝る前に読んだこの記事のおかげで頭にきて、なかなか寝つかれなかった経緯がありまして。

これだよ。「世代間格差の解決策は、預金を持って死ぬこと」佐藤俊樹・東大教授に聞く

今朝起きてもまだ気持ちが納まらなかったので書こうと思った次第。

みんな本当に世代間に格差があって、今の高齢者はたくさんお金を持ちすぎていて、そのせいで若い世代が損をしているとか信じてるの?…だとしたら、それはあまりにも無知だと言うしかありません。東大教授すら無知だし (ーー;)




私の父は1930年(昭和5年)生まれ、母は1934年(昭和9年)生まれ、子供の頃に戦争を経験し、終戦後の食べるものもあらゆるものもない時代に育ち、かろうじて成人し、戦後の復興と経済成長を支えてきた世代です。母は現在81歳。父は2009年に79歳で他界しました。

戦後はまだ公的年金制度も確立されておらず、祖父母を引き取るというか、一緒に住む、というのは経済面も生活面も、もちろん介護も含めて、すべてのことを引き受けることでもありました。父は伯父が戦死して一人息子同様だったので、自分の家族の範疇には当然祖父母のことも含まれていました。祖父は年金をもらう前に亡くなりました。のちに祖母がやっといくらか年金をもらえる制度が出来て、ちょっとだけましな気持ちになれたかな?という感じです。

父が現役の会社員だったころ、中小企業ではありましたが、それなりに技術を持って海外に進出した企業でもありました。でも当時は週休2日なんてことはなく、休みは日曜日だけで、月に1、2度日直が入るとその日曜休みすら潰れます。はっきり記憶にありませんが、初めの頃には宿直もあったような気がします。セコムなんてないからね。(これは警備員さんの配備で不要になった気がしますが)

そういう環境の中でそれでも頑張って世界に通用する優れたモノづくりをしてきたのが父の世代です。そしてそれを海外に販売するために当時はあまりポピュラーでなかった出張をしたのも父の世代です。

多くの人が本当に目立たないけれども着実な行動と真摯な努力で世界に冠たる日本製品を作り、広め、経済成長の基本を作ってきたんです。

それでも中小企業の給料は決して多くはなく、昔住んでいた借家を「空けてくれ」と言われた時には、会社で借金して家を捜し、そのお金を返すために母もパートに出て二人して頑張ったのですね。築50年のボロ家ですが、そういう歴史があるのです。(だからネズミにただで貸して、齧られたり汚されたりするのがすごく腹立たしい)




私も私立高校の受験は諦めたし(経済的事情で)、その後も経済的にはずっと豊かではなかったですね。父はいくらか長期の海外出張のあとで、まとめて手当てが出ると、通勤のための車(たまに家族ドライブもしたけど)を購入するくらいで、本当にモノを大切に使うつつましい生活をしていました。ケチとは違うんですよ。本当に必要な人やタイミングには使いますが。

それでも我が家にたっぷり安心出来るほどの貯金があったことはないと思います。数百万もなかったね。定年退職しても1000万に及ばない退職金でした。それでも父が頑張ってくれたという証しは、いま現在母を特養に入れる費用に使っています。遺族年金としてね。それも母が生きていてくれるあいだだけです。

現役時代や父の生涯を知る子供としては両親が贅沢したとか、いま現在、年金をもらいすぎだとかは決して思いません。本当はもっとそれ以上のことをしていたから、当然だと思っています。ましてやうちの両親は弟の離婚後、病気で養育費が払えない弟の代わりに孫達が成人するまで送金していました。1000万近い金額です。それで綺麗に貯金もなくなりました。それは生きたお金の使い方だからそれでいいんですけどね。

「ずっとお金の苦労していた」と母が言うのも無理ないですね。自分たちの贅沢のためじゃなくて、人の役に立つために使ったから、その点は満足していると思いますが。


若い世代の人たちも、想像してみてください。親の介護をする気もなくて、決して多くはないわずかな遺産をあてにするなんて情けないでしょう?(実際そういう人もいますけど、そういう人は高齢者もらいすぎなんてとても言う資格ないよね〜)





格差があるとすれば世代間ではなくて、家の格差でしょう。たまたま不動産で土地があったとか、商売がうまくいったとか、代々受け継ぐ財産があったとか、そういう高齢者なら持って死ねるだけのお金を持っているかもしれませんが…。それだって子孫の争いのもとにならないように財産を寄附しちゃったとか、そういうことも少なくないでしょうし、結局、高齢者が残すお金をあてにするのが間違いなんですね。


世代間で分けちゃ駄目なんです。すべてがそれぞれのことを理解しあって、その上で対策を立てないと。誰かのせい、たとえば高齢者のせいだとして、行き当たりばったりなやり方をしていたら、そういうことって結局は自分に、すなわち若い世代に返ってくるんです。忘れないで。

世代を越えてみんなで考えて対策していかないと駄目です。

本来はこういうことを喚起すべき立場の人があまりにもひどいことを言っているので、頭に来たのと同時に、一人でも多くの人に正しく見る目を持って欲しいと思って、今日はこういうテーマです。ご自分のご両親やおじいちゃん、おばあちゃんの話を聞いてみてください。本当のことを学べる機会は非常にたくさんあると思います。高齢者はネットをやる人も少ないから、私がささやかに代弁しないとなあ、という気持ちに駆られました。

世代間格差なんてないよ。いいように騙されないで。みんなが平等に考えていく問題として心に留めておいてくださいね (^_^;)




今日は暦の上で天赦日と一粒万倍日が重なる非常に縁起がいい日らしいです。
母の手術の無事成功を祈りつつ、ここにささやかな真実の種を蒔いておきたいと思います。
最後まで読んでくださった方々、本当にどうもありがとうございます (^_^)



2015/09/29

09/28のツイートまとめ

haruusagi_kyo

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09-28 21:09

人と関わり、規則正しく責任感を持って動くこと、考えることなどなど…。「介護」という行為と行動が、そのまま自分自身のリハビリにもなっているということのありがたさ。 #双極性2型 #介護
09-28 09:04

2015/09/28

病気という経験から得たもの

昨日は休日の気軽さもあったので、病院に行く往路はバスに乗りました。でもクリニックとは反対方向なので、バス停もいつものバス停じゃなくて、えらく遠くに移動していて、戻るにも遠いし、結局結構な距離になってしまったわかですが、まあ、運動になっていいかなあ、と… (^_^;)真夏だととてもこうは行きません。ぶっ倒れてそうだ (ーー;)

母は入院時の部屋から整形外科のナースステーションの隣の部屋に移っていました。もう、気持ちもすっかり落ち着いたみたいで、覚悟を決めたように思われます。あの時、姪がくれたメールがえらくベストタイミングだったみたいで、離れていても強力な「孫の力」を思い知りました。すごいね。孫がやさしいのが嬉しい、心配かけたくないから頑張る、という感じです (^_^;)

いやー、本当にずーっと心にかけていただけあるよね~。明日は早めに出ようと思っています。




それにしても私もパニック障害で、一人でバスにも電車にも乗れない時期が相当長かったんですよ。うん…。本当に30年近く。

それが今では平気です。…っていうか、そもそも自分の身体の状態なんて気にしていませんですね。他のことばかり考えているので、自分の身体に神経が向かないというか、そういう感じ。
さらに夏に辛いけど動かないといけない時に、「なにかあっても病院だからなんとかなるわ」と開き直ったのもよかったみたいです (^_^;) こういう開き直りを積み重ねていくうちに自信になっていくんだな。一種の認知行動療法ですね。



私の自己肯定感の中には子供の頃の弱さとか、高校時代の病気でのつまづきとか、そういうのももちろん、現在の双極性2型障害も含まれています。
でも私にとっての病気はマイナス要素ではないんですよね。いずれも貴重な経験を重ねて得たものが多いから、むしろプラスですね。

それはいまだに不自由は多々ありますが、出来ないことが多くあっても、それを補って余りあるものが残っているので、その「出来ること」を大切にしようという優先順位が働きます。こういうことに気付けるのもありがたいと思います。


幼くして病気を経験した子供は精神的に大人になるのが早い傾向がありますが、結構「死ぬこと」を意識して人生全体を見つめることってすごく大きなことだと思います。世間一般の価値観も競争も意味がなくなるから。本当に大切なものがわかるから。

自分の価値観で見ると、たとえば人を見ていてもその人の人格とか、魂の崇高さと、それらに基づく行動などが尊敬に値すべきものであることもよくわかるので、地位とか名誉とか学歴とかそういうものはほとんど意味がなくなりますね。基本の部分はみなさん同じ重さ。そこからその人の人間性とか魅力とかが加味されてきます。

私が見ているのはそういう世界です。私自身にもコンプレックスはありません。

すべての人はその人らしく、無理なく出来る範囲で心を尽くしてくださればそれでベストなんだと思います。で、多分私もそういうふうに懸命に生きている人を見つけるのが得意なんじゃないかと思います。

こういうふうに見る目を磨いてくるのに、病気というのは経験として非常に役立った(現在も役立っている)と思うので、実は私は自分の病気にも感謝しているのです (^_^)



★明日は母の手術日ですので、ブログを書けない可能性もあります。時間的に…。
なるべく休みたくないですが、無理だったらごめんなさい m(_ _)m



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2015/09/28

09/27のツイートまとめ

haruusagi_kyo

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09-27 21:09

英語にズパリ「お疲れさま」という直訳に近い言葉がないのは不便だな…。なんというか、「お疲れさま」というニュアンスが一番ぴったりする時って多いじゃないですか…。
09-27 18:02

2015/09/27

早く気付けた人生のお得感 (^_^;)

今日も病院に行く予定なので、予約投稿しておきますね。



「自己肯定感」という言葉があります。

要するに長所も短所も含めた自分自身をまるごと愛することが出来ることだそうです。自分をまるごと肯定出来ると、自信にもつながるし、自分のペースで果敢に挑戦出来るようになるとか。

これが低いと、何事にも自信が持てず、挑戦することにひどく臆病になってしまったりして、幸福感を感じることが少なくなるそうです。(でも大人になっても低くても嘆くことはない、とあちこちのサイトにありますから見てくださいね)

私もわりと最近知った概念だったりするんですが。




私自身、気がついた時にはすでに肯定感をしっかりと持っていました。

これは非常に身体が弱い子供であったにも関わらず、常に私を一度も否定したり非難することもなく、褒め続けて長所を伸ばしてくれた両親のおかげによるものだと思っていました。

なにがあってもこの世の中で最後まで自分の味方でいてくれる両親の存在はなにものにも換えがたくありがたいものでした。何事につけても挑戦すること、失敗しても「大丈夫」と言ってくれる存在がどれだけありがたいことか。

おかげで自己嫌悪で一杯の思春期も10代限りで自己嫌悪からも卒業しました。悩んでいる暇があるなら行動しようと思ったので。開き直りとも言います (^_^;)でも開き直りも上手く活用すると便利なんだよね。




ただ、高校生の時からずっと、30年以上悩まされていたパニック障害も、やはり父の介護がきっかけで改善から治癒に至りましたし、これも懸命に行動していた私に、両親がくれた贈り物だと思っています。この先の人生もひとりでしっかりと生きていけるように。

守られる側から守る側に…。この意識変革は大きいですね。

どんなに多くの家族に恵まれていても、この世での生を終えて旅立つ時はなにも持たず、ただ一人の旅立ちです。とことんまで見送ることは出来ますが、最後はやっぱり一人だけで逝かないといけません。

この事実が今現在生きていることに対しての認識も新たに換えてくれました。旅立つ側から振り返ると人生でなにが大切か、なにを求めて生きるのか、そういうことがとてもよく見えてきます。





私は父の死を追体験することによって、深く死のそばに寄り添いました。何者にも換え難い体験でした。

母があとどれくらい、頑張って生きていてくれるかわかりませんが、やはり父の時と同様にやり残した後悔はしたくないと思います。

まあ、介護は本当に大変ではありますが、それも含めて両親には感謝しかありません。この両親の元に生まれたことが第一で最大の私の幸福だと思っております。幸せですね、私 (^_^)



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