2013/09/30

2013年09月29日のつぶやき

























スポンサーサイト
2013/09/29

出来ることでなんとかしたい

今の時期、家族のそれぞれが不調を抱えていて、特にその度合いが強いといいますか、本当にしんどい。明日はクリニックの受診日なんですが、行きたくないなあ… (ーー;) 母のことがあるからそれは無理なんだけど…。




双極性障害の「出来なくなる感」というか、それによってもたらされる喪失感の大きさは、大切な人との死別とか、余命宣告された重大な病気の患者のそれにも近い、とかいろいろ言われますが、私はまだ「出来なくなったこと」を100%受け入れて認めてはいない気がします。

昨日、100円ショップに行ったら、「いままでの1/10の軽さ」という紙粘土があって、ちょうどお風呂の壁に塗装がはがれて穴が空いてるところがあるし、粘土で埋めてから塗料を塗れば補修が出来るのでは…?と考えました。しばし孰考。やっぱり無理だと戻す。編み物でもそうですが、昔なら悩むこともないいろいろなことを、「やっぱり最後まで辿り着く自信がない。気力が続かない」と諦めることが日常的に多々あります。家の中の掃除とか、本当にささやかなことまで。手順も方法もみんなわかっているのに、それでも出来ないのですよね。それが現実。

反面、現在、Illustratorで線画を描いているのですが、それが珍しく建物で、日本建築だから結構大変。普段の私なら絶対に途中で投げ出していると思います。それなのに何日にも渡るような作業によく気力が持つなあ、と自分でも不思議です。まだ着色して他のパーツも描いて、全体を完成させるという気が遠くなるような作業なのに。本当にお絵描きに関することだけは唯一気力が続くんですよね。

ただひとつでもそういうものを残してくれた神様に感謝、ですね。




このあいだ何かを検索していて、カバラの数秘術関係のページにぶつかりました。

私の運命数は「9」なんですが、このごろますます「9」が持つ傾向が強く出てきたような気がしないでもありません。もともと複雑きわまりない性格らしいですが、そこへ双極性Ⅱ型の「気分屋」が加わるとさらにわけがわからなくなるのかもしれません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

運命数9


潜在的な可能性。人道的・夢想家・ロマンチック・詩的・寛大・普遍的・敏感・感情豊か・ダイナミック

「9」とゆう数字は、人間愛、哲学、神秘主義、理想主義をあらわしている。そして他のすべての数字を潜在的に含む。運命数9のひとは、さまざまなタイプの人たちへの共感能力が発達している。全体の調和を優先して誰にでも合わせることができる。面倒見がよく親分肌。他者を励まし、能力を最大限に発揮させるのが得意。また想像力豊かで、芸術家肌、敏感で、感受性が強く、宗教や哲学、神秘思想に惹かれる傾向がある。政治や社会的な運動、宗教的集団に惹かれたり、みずからその指導者になる可能性もある。世のため人のために尽くす無私の精神の持ち主。創造性や直感力に優れ、創作活動にも親和性がある。知恵があり、賢く、心の広い理想主義者、そしてロマンチスト。包み込むような温かい雰囲気を持ったひと。


あなたは、世の中をよりよくするひと。


仕事・適職

世の中のためになる仕事。精神性が向上する仕事。芸術関係の仕事。介護福祉士。カウンセラー。コーチ。教師。思想家。文学者。歴史家。政治家。宗教家。聖職者。芸術家。演奏家。演劇関係。自然愛護活動家。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いまさらな適職に出会えるようには思えませんが、自分にとって出来る「唯一のこと」をなんとかしたいなあ、とは思うんですけどね~ (ーー;) 信仰するような特定の神仏はいませんから宗教家にはなりようがないな。

あ、ちなみに金銭欲はないそうです。そうだろうな、とは思うけど…。ただ今現在の経済システムの中では、地味に質素に暮らせる程度のお金はないと困るよね、やっぱり… (^_^;)





2013/09/29

2013年09月28日のつぶやき





















2013/09/28

2013年09月27日のつぶやき





















2013/09/27

花の人生というべきか

 昨日は眠れなかったという母を強引にかかりつけの内科に連れて行って来ました。
が、「私、もうガンかなにかで死ぬんやわ」とか言ってた母ですが、採血しながら先生と話しているうちに気分もマシになってきたらしく、「寝ないといかん」ということで、不足分の入眠剤を処方していただきまして、昨夜はぐっすり、今朝起きたら「いきなり動いたら反動が出るよ」と注意が必要なほどになっていました。

正直驚いてます。病は気から、というか、信頼している先生の顔を見て話しているだけで改善するケースを目の前で見ました。それだけメンタルな要素が大きかったのかもしれません。以前からずっと家族ぐるみのかかりつけ医で、父の介護中もずっと往診に来てくださって、最期まで看取っていただいた先生だけに、うちの事情に詳しいというのもあったのかもしれませんが…。

母もあるいは双極性Ⅱ型で、先生と会話していきなり躁転した?という可能性もなきにしもあらずで…。そのあたりは月曜日がクリニックの受診日なので、じっくり相談してきたいと思います。




 ひさしぶりに最初から読み返しています。「花よりも花の如く」






で、もう随分長いことお能の例会にも行ってないなあ…、30年くらい行ってないか、行きたいなあ…、とかぼんやり考えていました。若い頃、マメに行ってたんですけどね。今、いくらくらいするんだろう?一日仕事になるから、もうそんな体力&気力はないかもしれませんが… (ーー;)

そういえば私、歌舞伎の方はなぜか一度も行ったことがないんですよね。こういうものも一種の「ご縁」なのかもしれないなあ、と思います。

考えてみれば、歌舞伎の世界は「生者の舞台」ですが、能の世界はほとんど「死者の舞台」ですね。シテは大抵死者の霊だったりするし…。でも私はその「死者達が少しずつ浄化されていく」世界というのにやっぱり心惹かれるみたいです。





 なんつーか、ふと「花でいいんだ」とこのごろ思います。あらゆる種類の花が自分にふさわしい場所で、あるいは人目に触れることでなくひっそりと自分の花を咲かせ、子孫を残し、また密かに散って行く…というのも人が生きるお手本みたいだなあ、と思ったり。

誰しもすべてが桜である必要はないし、湿地や高山に咲く花であってもいいし。本当にひっそりと時の過ぎるのに身を任せている感じ、いいなあ、と思います。無理も背伸びもしてないし。自分らしく咲いて自分らしく散る…という…。人もそんなふうであれたらいいのかもしれませんね。

長いこといろんな花を描いていますが、こういう気持になってくるものなんだな。ちょっと不思議な気がします。











2013/09/27

2013年09月26日のつぶやき



















2013/09/26

2013年09月25日のつぶやき

























2013/09/25

生きる日々を紡いで…

はー…疲れた…。父の死後、その方がいいかなあ、と思って、PCごと自分の作業机を持ってきて、何かする時はほとんどそこでごそごそしているわけですが、間のふすまを取っ払ったままなので、ここと居間兼寝室(母が常にいる場所)は一部屋と同じことなんですよね〜。

どちらかの体調がいくらましで、ちょびっとだけ外出するとか可能ならいいんですが、双方が体調とメンタルが不調だと、これが半端じゃなく消耗する状況になります。今は母の方が悪いけど、すごくしんどい。
24時間一緒にいない方がいい時もあると思うけど、気掛かりがあるからどこかに消えるわけにもいかないよなあ… (*-д-)-з しんどい…。

昨日など午後7時にもならないのに「入眠剤がないから隣で寝てくれ」とか頼まれました。勘弁して。私はちょうどましな調子になってきた時間帯なのに。「はよ寝てくれ〜」と祈りつつ、隣に横になって本読んでましたが。

ホントは入眠剤なくても眠れるのが普通じゃないのかなあ?と考えたり。簡単な入眠儀式と薬に変わる安心があればいいのかも…と。




 昨夜読んでた本です。

あちこちで見かけるレビューがよかったもので手を出してみました。



まったく思い掛けないことに、精巣腫瘍になっていて、しかもわずかな転移が診られるという所見で治療に専念することになった35歳の漫画家のアシスタントの闘病記です。

手術は一度でもその後繰り返される抗癌剤治療の厳しさや、同じ病室にいる人たちのさまざまな事情。家族達との事情。抗癌剤の副作用。いずれにしても半端ではないストレスばかりで、一度はうつにもなりかけます。

でも偉いなー、と思うのはこの方、決して描くことを諦めないのですよね。後遺症の手足の痺れに悩まされてもペンを握り続ける。奥さんとの夫婦愛の描写は本当になにげない日々の繰り返しこそが実は大変な幸せだったと思い起こさせてくれます。昨日の灯ともし頃に共通する大切なものがありますね。人は「一人で泣かせたくない人がいるから」その人のために頑張れるのかもしれない、と思いました。

めでたく退院に至って経過観察になる人、闘病虚しく亡くなってしまう人。いずれにしても人生は花の咲きざまであり、散りざまでもあって、ひとつとして同じものはないのだろうな、と思います。

…そういうすべてのことにも、どこかに哀しみや苦しみを通り抜けた、ある種の涼やかさみたいなものがあるように感じるのは私だけかな?




 昨日、全然別のことを検索していて、たまたま見つけた書き込み。
なるほど、すごく理解出来る、と思ったので、ここにメモしておきます。

http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1262698853/ のラストの文章でした。

『死刑は国家による集団リンチ殺人。「死んで償え」を是とする社会では自他殺は止まない。死刑推進者ほど殺人者に自己投影し同属嫌悪する。人の死を望む両者に真に必要なのは懲罰ではなく救済(精神治療矯正教育)。被害者擁護のみに自己満足は偽善/感情自己責任論 』





 もひとつおまけ。こちらで占い。
「若けりゃいいってもんじゃない!!
精神年齢は何歳? 誕生日で導く、実年齢と精神年齢のギャップ」



http://happism.cyzowoman.com/2013/09/post_3044.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter


実は私、実年齢プラス30歳以上ということでした (^_^;) 

「あなたは、自分には多くの人を救う使命があると思っているでしょう。ボランティア活動をしたり、ブログやSNSで役立つ情報を発信したりといったことを好むはず。世の中すべての人への大きな包容力を持つあなたは、精神的にとても大人です。物ごとを悟り、達観しているので、精神年齢はプラス30歳以上でしょう。これからもあなたを頼ってくる人たちに親身になってあげれば、尊敬されて広く世に知られる人になれるでしょう。
精神年齢は、日頃の心がけ次第で変化するものです。人付き合いの面などで上記を参考にして、あなたの理想の精神年齢に近づけるようにいっそう努力してみるといいでしょう。」


…だ、そうです。こういう占いは転生回数とかそういうものにも関係してるのかもしれないなあ…。








2013/09/25

2013年09月24日のつぶやき

































2013/09/24

旅の醍醐味灯ともしごろ&炎立つ

心配事や気掛かりはいろいろあるけれど、すぐにどうなるものでもないので、地味にIllustratorで線画を描いております。

このごろどうかした時に左手がひどく震えることがあるので、やはりリーマスの副作用だなあ、と思ってます。Illustratorをマスターしておいて本当によかった。筆圧感知のソフトだったら、とてもじゃないけど線画なんて描けないと思うから。ベジエ曲線はしみじみありがたいです。アナログの時代から、カラーの時はわざと線のメリハリを消して描いていたのも、あるいは予感めいたものがあったのかな?…と、ふと。



秋めいてくると旅の記憶が蘇ってきます。もう10年以上前、家族の誰もが元気で、甥や姪とも一緒に暮らしていた頃。あとになって気付けば随分幸せな時代だったと思います。

その頃にちょくちょく旅行をしたんですね。国内ばかりですけど。私、列車に乗るとお弁当を食べるくらいで、あとはずーっと飽きずに車窓を眺めています。それ以外のことは会話くらいで他に何もしません。おかしな人間ですが、目的地で観光するとか、ご馳走を食べるとか、そういうことよりも車窓を眺めることが大好きな人間でした。

新幹線は速すぎるから、私鉄の特急くらいがいいかな?

次第に日が暮れてきて、いわゆる「灯ともしごろ」になります。車窓から見える民家の明かりがなんともいえず暖かく、無数の灯を眺めながら、こんな山奥でも暮らしている人がいるんだ、とか、みんなの夕食はなんだろう?とか、家族全員無事に帰ってきたのかなあ?とか、本当に他愛のない空想を続けていました。灯火が象徴する明かりがちょうど「幸福」を象徴していたのだと思います。

それを眺めている私も紛れもなく幸福でした。家族の誰も(自分も含めて)病気ではないこと、帰る家があること、明日する仕事があることなどなど…。当たり前のことが当たり前に存在する幸せに気付くのはそれらがなくなってからなのですね。

いつか、いろんなことが落ち着いて、動ける環境になったら、せめてもう一度、あの「灯ともしごろ」の車窓の人になりたいと思います。














 安倍貞任と藤原経清がメインだった3巻までは一気読みでしたが、その後、ちょっと間に別の本をはさんだりしてスピードが落ちました。4巻は経清の息子清衡、5巻は子孫の泰衡がメインです。150年に渡る蝦夷の物語です。その、前のアテルイから数えると数百年かな?

一貫して蝦夷の視点で描かれた長編は、本当に誇り高い民であった蝦夷の人たちに鮮やかな光芒を与えています。「自分から責める戦は決してしない」「国を作るのは民だ。国が民を作るのではない」と、民人たちのために喜んで生命を差し出す首長など、世界のどこかに、いや、ましてや日本にいるわけがないなあ、と思うと哀しくも悔しくもなりますが…。

もしも大地震でも起きて、東北とその他の地方が分断されていたら、現代の日本はあるいは全然違う姿になっていたかもしれません。蝦夷の国造りを手伝ってみたくなったりして… (^_^;)

民の中に残った誇り高き「まつろわぬもの」の血は高橋さんの中にも滔々と熱く流れてますね。

やっぱり私は「まつろわぬもの」達の誇り高き血が大好きでたまらないのかもしれません (^_^;)